名を残さなかった冒険者の話

黄身の無い卵

第一章

第1話

第1話 


 冒険者になったのは、なりたくてなったわけじゃない。


生まれは良くない。どこにでもある街で捨てられ、運良く野犬の餌にならずに孤児院に拾われた。

ただ、お世辞にも良い孤児院とは言えず、宗教だかなんだかが善人面するための道具でしかなく、物心ついた頃には孤児院は潰れ路頭に迷った。

働き口もなかった。


剣を振れば金になる。

殴られても、生きていれば飯は食える。


盗みや物乞いをしながら生き延び、冒険者になった。


ウッドから始めて、アイアン、ブロンズ。

二十代の終わり、無理をしてシルバーに上がった。


才能は、ない。


魔法も使えないし、身体能力も抜けているわけじゃない。

同期の1人はゴールドになって、俺は悔しがったものだ。


それでも——。


シルバー3。三十代後半。

この歳まで生き残っている冒険者が、どれだけいる?


無理はしなかった。

身の丈を知った。

危ない橋は渡らなかった。


一狩りして、二日休む。

安宿、安酒。派手じゃないが、安定している。


「……これでいいじゃないか」


自分に言い聞かせるように、何度もそう思ってきた。

名は残らなかった。

英雄にもなれなかった。

けれど、死なずに、ここまで来た。


——俺にしては、よくやった方だ。


そう思い込むことで、気持ちは楽になった。

夢を諦めたわけじゃない。

ただ、夢と距離を取っただけだ。


だから今日も、いつものダンジョンに潜る。

安全で、慣れた場所。

スケルトン相手に魔石稼いで、適当に飯食うか。

シルバー3の俺が、無理なく稼げる階層。



……のはずだった。


「……?」


剣を振った瞬間、違和感が走った。


止まった。


骨に当たった感触が、重い。明らかに、いつもと違う。


「……硬くねぇか?」


もう一度、剣を振る。が、やはり砕けない。


その直後、空気が変わった。

皮膚の裏を、何かが撫でたような感覚。

長年の勘が、遅れて警鐘を鳴らす。


——おかしい。


スケルトンの眼窩に灯る魔光が、濃くなる。

動きが、速い。

別物だった。


「……あ?」


頭が、追いつかない。


俺は、このダンジョンを何十回も潜っている。

この階層の、この魔物の強さは、身体が覚えている。

なのに。

受けきれない。

下がる。

足がもつれる。



背中に、冷たい感触。続けて灼熱感。


「……?」


一瞬、何が起きたのか分からなかった。

力が抜ける。膝が崩れ、床に倒れる。


ああ、背中か。


後ろから忍び寄って居たもう一匹のスケルトンに俺は背中を切り裂かれていた。


遅れて、そう理解した。


——あー。死ぬのか。


思ったより、冷静だった。

これでいい、と思った自分が、どこかにいた。

無茶はしなかった。賭けにも出なかった。

それでも死ぬなら、仕方ない。

俺にしては、十分やった。


視界の端に、人影が映る。


若い冒険者。動きがいい。


一閃。

スケルトンが、簡単に砕け散った。


「……」


強いな、と思った。


悔しさは、薄い。

羨ましさも、薄い。


ああ、こういう奴が、先に行くんだな。


若い頃、酒場で聞いた英雄譚が、ふと頭をよぎる。

俺も、あんなふうに…いや、いい。

今さらだ。


名は残らなくてもいい。

せめて、「いたな」くらい覚えてもらえたら。

そこまで考えたところで、視界が白く染まった。


* * * * * * *



気づくと、光の塊がそこにあった。


『世界が、崩れ始めている』


声が、頭の中に直接響く。


 魔神。

 神々。

 英雄。


言葉が、うまく繋がらない。


「……?」


驚きはあった。

だが、恐怖は遅れてくる。


何が起きているのか、分からない。理解する余裕もない。

ただ、圧倒されていた。


『止める者が必要だ』


光が言う。


俺は、何も言えなかった。


『選ばれたのではない』


『巻き込まれたのだ』


光が、俺を包み込む。


これでいいじゃないか。そう思い込んできた人生が、


静かに、ひっくり返されていくのを感じながら。

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