セフラの困りごと
@masura398
1話
外で雨の降り続ける音が、石造りの館の中に静かに響き渡る。
ほんの数分前まで、人造人間である俺は透明な液体に満たされたカプセルの中にいた。外と意思疎通はできたが、いつ出られるかはわからない。ガラス越しに室内を見るだけの退屈な毎日だった。それが突如として終わりを告げ、外の世界に引き出された。
初めて自分の足で立ち、空気を肌で感じ、重力を実感する。突然のことに驚きはしたが、退屈を消し去る最高の瞬間になると期待が高まった。
しかし、そうはならなかった。
薄暗い研究室の床で、俺は自分を作り出したクリード博士を抱きかかえていた。
博士が着ている白衣の胸部分が赤黒く染まり、そこには深々と刻まれた傷がある。致命傷だ。己の腕を伝って床に滴り落ちる博士の血は、温かさを失いつつあった。指先に感じる体温が、刻一刻と冷たくなっていく。
本能で理解してしまう。博士は、もう死ぬ。なにをしようと助かるすべはない。
心臓がぎゅっと締め付けられるような、未知の感情が内心を激しく渦巻いていく。
「セフラ……」
博士は弱々しい声で俺の名前を呼ぶ。途切れ途切れに言葉が紡がれ、そのたびに傷口から血が滲む。
「幸せに生きてくれ……それが、わしの願いだ」
唇を噛みしめ、涙を流さずに答えようとするが、堪えきれずに涙が溢れる。
「っ……わかった。やってみるよ」
声が震え、必死に力を込めて言葉にするが、それでも語尾が揺れる。
俺を見つめる博士の瞳が、わずかに和らぐ。まるで、その答えを聞けたことに安堵したかのようだった。
「スー」
博士が視線を隣に向ける。そこには、青白い一匹のスライム――スーさんがいた。博士とは自分よりも遥かに長い付き合いのスーさんは、ただ静かに見つめている。
「セフラのことを……頼む」
「……わかっています」
博士の言葉に応えるように、スーさんの声にも、重く、深い響きがあった。
それを最後に、博士の手がゆっくりと力を失い、床に落ちた。カタリ、と小さな音が響く。呼吸が止まり、瞳から光が消える。
「クリード博士……」
俺は博士の体を強く抱きしめた。冷たくなっていくその体を、どうしても離すことができなかった。
外の雨音が、変わらず響いている。
◇◆◇◆◇◆
博士が死んで、あれから半年が経った。
123456……、ベッドの上で横になりながら、天井のシミを数える。何度も数えたため、シミの配置や数をすっかり覚えてしまった。左端の大きなシミ、右上の小さなシミが集中している。
俺だけが知っているであろうどうでもいい知識だ。
「はぁ」
ベッドの上で寝ころびながら、ため息をついた。
ここのところ同じようなことを繰り返している。お腹が空いて外に出ることはあっても、それ以外で外出することがない。1人で住むには大きすぎる館、広すぎる寝室。静けさが俺の物寂しさを加速させている気がする。
「ため息をつくぐらいなら何かしたらどうですか?」
……1人じゃなかった。1人と1匹だ。
横を見ると青くプルプルとした体、2つの黒い点のような瞳を持つスライムがいる。この館で一緒に住んでいるスーさんだ。俺にとって、クリード博士に並ぶ親のような存在なのだが、目を向けられない。つい視線を逸らしてしまう。
「そうなんだけど。体調が悪くて」
俺はわざと苦しそうな表情をする。
「セフラ。あなたはクリードが作り出した最高の人造人間です。体の性能は世界一といえるでしょう。ですから体調が悪くなるなどありえません」
体調不良を真正面から否定されてしまった。
スーさんの言葉は正しい。動かそうと思えば簡単に動かせる。だが体は重いのだ。体力がないという意味の重いではなく、やる気が出ないという意味で重い。まるで心臓の辺りに鉛が詰まっているような、そんな感覚だ。
「毎日ゴロゴロしていたら、クリードが悲しみますよ」
スーさんは困ったように言うが、俺は博士が悲しむというのが少し想像しづらかった。人造人間である俺を作り出した博士は半年前に死んだ。いや、詳しく言うと殺されてしまった。もういない人間なのだ。その博士がどうやって悲しむというのだろうか。スーさんの言っていることは難しい。
「そう言われてもな。やることもないし」
「でしたら、龍脈石を回収する旅に出ましょう」
うわ。でた。いつものスーさんの提案。
「龍脈石か」
ベッドで仰向けになりながら考える。
龍脈石は博士が作った魔力を有している魔石だ。長い年月をかけて作り出した集大成の1つと博士が自慢していたのを覚えている。
「このまま龍脈石がなければ、セフラは魔法が使えないままですよ」
魔法が使えない。他所の誰かが聞いたら驚く内容だろう。
魔法とは、この世界で見られる神秘的な現象の1つだ。体の内側にある魔力を消費することで、己の得意な魔法を実現できる。
世界中のすべての生物、あらゆる種族が当たり前に魔法を使えるが、俺は魔法が使えなかった。体に宿る魔力が一切ないからだ。
文字通り、世界で唯一、俺だけが魔法を使えない。
そんな魔法が使えない欠陥を解消するのが龍脈石だ。
龍脈石は巨大な魔力を有しており、それを取り込むことで俺の体は魔力生成を始める。
本来なら、俺に龍脈石を取り込ませてから外へ出す予定だったが、博士が襲撃されて、そんな余裕はなくなった。
急遽カプセルから引きずり出された俺は、未完成のまま外の世界に放り出されたのだ。
今の状況を知れば、誰でも龍脈石の回収に行くべきだと思うだろうが、俺としては行きたくない理由がある。
「そうは言うけどさ、龍脈石って遠くにあるんでしょ? 絶対大変じゃん」
龍脈石は遠くの土地に保管されており、回収するにはそれなりの時間がかかる。館付近にあったならまだギリギリ行けたかもしれないが、遠出となると今の俺では腰が重い。
「だから旅と言っているんです。セフラ以外は魔法が使えるのですよ。羨ましくないのですか?」
「……」
これがスーさんから視線を外す理由だ。毎度の如く、旅に行かせようとしてくる。
俺の体は10代後半ぐらいの健康的な肉体だが、肉体相応の年齢ではない。実年齢は2歳だ。普通の人間ベースでいうと幼児だ。幼児が旅なんてするか。いやしない。
それに世の中に放り出されてからの半年間、魔法は使えなかったが、問題なく暮らすことはできた。普通に暮らせたということは、魔法はそこまで必要ないということだ。
だから龍脈石の回収する旅に赴く必要はない。
博士から俺のことを任されたスーさんの気持ちはわからなくないが、ここははっきり言っておこう。
「いや別に」
「……」
少しの静寂の後、スーさんが触手を伸ばしてきた。
「スーさん。なにしてるの? なんだか怖いんだけど。ストップ。ストッープ!」
俺の制止を聞かれている様子はなく、触手が俺の首に近づいてくる。
あ、これはまずいやつだ。
「
「あばばばば」
世界がぐらつく。ベッドの上なのにグラグラと地面が揺れて、非常に気持ち悪い。
これはスーさんの得意な弱体魔法で、どうやら俺の言葉に納得がいかなかったみたいだ。
「どうです。少しは魔法を使いたくなってきたのではありませんか?」
どうしてそれで魔法が使いたくなったと思えるのだろうか。スーさんは自分の気に入らないことがあると、弱体魔法を使うのやめたほうがいいと思う。
「うぅ。魔法のアピールとして、最高に最悪だったよ」
ベッドに横たわりながら、俺は弱々しく抗議する。
「私はセフラの幸せを願っているだけです。クリードもそう望んでいるはずですよ」
俺は視線を下におろす。
心のどこかでは感じていた。このままではいけないと。博士の死の間際、幸せに生きてほしいと言われ、俺は了承した。だから幸せに生きなければならないとは思う。でも、俺は己の幸せが何なのか、まだ答えを見つけられていなかった。
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