雪降る夜はあなたに会いたい
橘
プロローグ
プロローグ
あ、雪――。
アルバイトを終えて屋外へと出ると、何か冷たいものが触れるのに気付いてふと空を見上げた。見上げた先にある夜空から、白い小さな綿のようなものが舞い降りて来た。頬に触れたその一つが、じんとする冷たさを体内に広げていく。
この冬、初めての雪だろうか。寒さに強くはないけれど、雪はそんなに嫌いじゃない。
恋人――そう名乗るつもりはない。彼にとって私がなんなのか、そんなことは考えない。
ただ
これ以上何かを求めてしまわないように、あの人との未来なんて哀しい夢を見たりしないように――。
いつも自分を律している。なのに、不意にとても怖くなる時がある。
いつか私の前からいなくなるなら、いっそ自分から消えて。このまま、逃げ出してしまおうか――。
約束の場所に向かう足が止まる。確かに空に舞う白い輝きは、足元にはその欠片さえない。
「――雪野」
私を呼ぶ声がした。
深く好きにならないように、あの人のことで一杯にならないように。
そう祈るように一緒にいても、その姿を見ただけで胸が一杯になる。彼の声を聞いただけで、この身体はあの人へと向かって駆け出してしまうのだ。
三年前、突然私の前に現れて立ちはだかって。もし、あの時の私に今何かを言えるのなら、何を言おうか。
"その人と一緒にいては心までも捕らえられてしまうから、絶対にダメだ"と言う?
"自分が苦しくなるだけだから、何が何でも逃げなさい"と言う?
そんな仮定の話に、もう意味なんてない。この恋を知ってしまった今、なかったことになんて出来ない。
何も知らないでいた自分になんか戻りたくない。
「――肩が濡れてる。早く車に行こう」
彼の傘の中に、私を引き込む。
過去を何度繰り返しても、私はこの黒い車に乗り込んでしまうだろう――。
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