二人と一匹(?)とお風呂
シフティが作った夕飯を食べて満腹になったアンは、椅子に深く腰掛けながら、はふぅ、と息を吐いた。
ふと目を開けると、シフティが皿を片付けているのを見えたため、アンは慌てて立ち上がって、テーブルの上に置いてある積み重なった皿を持ち上げた。
「大丈夫? 案外重かったと思うけど…」
シフティの声に、アンは小さく頷いてから頼りない足取りで一歩ずつ確実に歩き出した。
歩くたびに裸足の足が地面と接触して、ちてちて、という可愛らしい音がする。
シフティが微笑ましそうにアンを見ていると、一番上に積まれていた皿がグラグラと揺れだし、そのまま地面に向かって降下を始めた。
「わ、」
アンが驚いた様に目を大きくする。シフティも同じく驚いている様で目を見開いてから、アンの元に向かって走り出した。
あわや、皿が粉砕するかと思われた瞬間、地面と皿との間に黒い何かが入り込んできて、皿を受け止めた。
なんだ、とシフティがソレに視線を向けると、それはアンに背中から伸びている触手のうちの一本だった。
触手は、器用に皿を掴み、それを再びアンの持つ皿達の一番上に積み直し、自らは皿の上に乗っかった。おそらく、重しの役割をしているのだろう。
アンは、皿を持って台所に置くと、皿を受け止めてくれた触手を一撫でした。
すると、他の触手達が、ずるい。とでも言っているかの様にプルプルと震え出した。
アンも、しょうがないなあ。と言いたげな様子でそれに応じる。
シフティが肩から力を抜いて、アンに言った。
「便利ね。あなたのそれ」
シフティの言葉に、アンは、むっとした。
「それじゃないです」
「え」
「“それ”じゃないです」
どうやら、触手を“それ”と呼ばれたことにご立腹のようだ。
小さな頬をぷっくりと膨らませて、ぷいとそっぽを向いている。
シフティは、ポリポリと頰を掻きながら、アンに尋ねた。
「え…っと、じゃあ貴方のその…触手? の名前を聞いてもいいかしら?」
シフティに聞かれ、アンは顔を明るくしながら言った。
よくぞ聞いてくれました。と今でも言い出しそうなくらい晴々した顔で、ふんす、と何も無い胸を張って言う。
「リトルアンちゃんです」
それを聞いた途端、シフティは目を点にしてぽかん。としたが、すぐに口元に手を当てて笑い始めた。
アンがまじめ腐った真剣な顔で、そんな馬鹿みたいな事を言ったのが、シフティのツボに嵌ったようだ。
アンは、どうしてシフティが笑っているのか分からず、疑問顔できょとんとしている。
「んっふ、わ、分かったわ。じゃあ、私も着いて行くから、まずはお風呂に入りましょう」
笑いを堪えながら、シフティが言った。
ちなみに、アンの格好は、自身の宇宙から落ちた時と全く変わっていない。
ぶかぶかの黒の外套一丁で、それ以外何にも来ていない上に、これ以上ないほど薄汚れている。
外套も傷だらけで、泥だか灰だか、もう何だか分からない汚れがこびりつきまくっている。
アンも、外套も、お世辞にも綺麗とは言い難い…いや、包み隠すのはやめよう。汚かった。
だからシフティは、アンをなんとしてでも風呂に入れたいのである。
シフティは、こなれた手つきでアンから外套を剥ぎ取って、すっぽんぽんに剥くと、そのままアンの手を引いて風呂場に連れて行くと、常備されている椅子にちょこんと座らせ、これまた風呂の中に常備されている桶に外套を丸めてから、ぽい、と放り、シャワーのノブを捻った。
アンの全身をお湯で濡らしたシフティは、アンの長い髪をシャンプーでわしゃわしゃと洗い始めた。
さて。シフティがアンの髪を洗っている間に、この宇宙の豆知識(?)について話しておこう。
この宇宙、街並みは中世ヨーロッパのようであったが、一応電気という概念も存在している。
ただ、まだ電気は最先端の技術であるため、民間にはあまり知られていない。
ではなぜシフティの家には電気が通っているのか? 理由は至極簡単だ。
ロストガールのシフティのためならば。と、宇宙全体が総力を上げ、シフティ宅を最先端技術の宝庫にしたからだ。
シャワーや風呂。暖房やIHコンロ。なんか明らかに時代の差が激しい電気器具のオンパレード。それがシフティ宅なのである。
ちなみに余談ではあるが、アンの宇宙では電気はすでに民間にも知れ渡っていて、一般的に使われていた。
と、そんな話をしているうちに、シフティがアンの髪を洗い終わったようだ。
シャワーからお湯を再び出して、アンの髪についたシャンプーを流す。
シフティは、泡まみれだった手をシャワーのお湯で流してから、ふう。と一息ついて額を拭ってアンの体を見た。
長く黒い髪の間から顔を出していて、髪よりも更に黒い数本の触手が、周囲を見回すかのようにあっちへこっちへフラフラしている。
髪を全部まとめて、体に前の方にやってから、シフティは再び触手を見た。
触手が一体、体の内部でどこから生え始まっているのかは知らないが、体の中からにょっきり顔を出している触手の付け根の部分は、少し肉が盛り上がっている。そこだけ見ると、シフティの翼の付け根とあまり遜色ない。
触手も洗うべきか、シフティは悩んだ。
なんせ、触手自体真っ黒で、汚れているかどうか判別がつかないのだ。
まあ、結局洗うことにしたが。
ボディソープを手に出して、触手全体を撫でるように洗う。
シフティの細い指が触手に触れるたびに、アンはくすぐったそうに体を震わせる。
ちなみにアンの触手は、長所であり弱点でもある。
この触手には、アン本体よりもはるかに多い神経が張り巡らされていて、もし切り落とされれば激痛が走る。くすぐられれば、体をくすぐられるよりもくすぐったいのだ。
一方のシフティは、触手の感触に感嘆していた。
スライムのようにぐにゅぐにゅとしていて、そのくせ奥の方にはスジの様な硬い軟骨が通っている。
このスライムの様なぐにゅぐにゅ感が、またたまらないのだ。
余談だが、アンの触手の硬度は、アンの感情によって変わる。
アンがリラックスしていればその分柔らかく、緊張していればその分硬くなる。
まあ、アン自身の意思でも硬度は変えられるが。
シフティは少しして、アンが震えているのを見て、触手に触るのをやめた。
シャワーのお湯を直接かけるのは、触っていた時のアンの反応上あまりよくないと感じたシフティは、外套を入れていた桶から外套を取り出して、桶を軽くお湯で流してから桶で少しずつ触手にお湯をかけて泡を流した。
その後、体をさっさと洗い、シフティはアンを湯船に突っ込んだ。
湯船に溜まっていたお湯が、アンの体重で湯船から溢れ出す。(アンの体重については、ロストガール録を読んでね!)
最初はお湯の中に突っ込まれるのに戸惑っていたアンだが、湯船に暖かさに顔を緩めて舟を漕ぎはじめた。
そんなアンを見ながら、シフティが微笑ましげに笑っていた。
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