約束
夜野蒼
夕方
夕方の六時頃、僕はいつものバス停で降りる。
質素な造りの低い屋根にポツポツと雨音が一定のリズムで降っている。貼ってある時刻表も角が剥がれ風が吹けば今にも飛んでしまいそうだ。
「涼太。」
バス停のベンチに座っている少女が足をブラブラさせながら話しかけてくる。
「ありがとう。毎日来てくれて。」
今日で五日目、少女は必ずバス停に来ていた。毎日雨にもかかわらず彼女は一度も欠かさなかった。
少女は白い長髪を背中に流し、白いワンピースを着ていた。静かな雨に包まれている夕暮れ時でもその色ははっきりと目に映る。
「今日もお話聞かせてよ。学校の。」
少女はベンチの端に身を寄せ、空いた場所に僕は座った。
「いいよ。今日の体育の話でもしようか。」
少女は目を輝かせながら期待の眼差しで僕を見ていた。
「今日はバドミントンをしたよ。」
「羽を打つやつだよね?」
「うん。ラケットで打つんだよ。」
僕がラケットで打つ動作をすると少女も立ち上がり僕の真似を始めた。
「ねえねえ。ラケットって重いの?」
「ううん。重くないよ。」
「羽を打つのって難しい?」
「最初は難しいかもしれないけど慣れると簡単さ。」
珍しくもないありがちな学校の話だが彼女は飽きることなく聞き続けていた。
「それって、たいいくかんっていうところでするんでしょ?」
「うん。ずっと雨が降ってるからね。」
「たいいくかんって広いの?」
「すごく広いよ。どんな遊びだってできるんだよ。」
「そっかあ。行ってみたいなあ..」
少女はそう言いながら道路を見つめていた。雨が降り続け地面には波紋が広がっている。
「今度一緒にしてみよっか?」
「..わたしにできるかな?」
「できるさ、きっと。」
「涼太が一緒ならやってみる。」
「うん。約束だぞ?」
僕は小指を出し指切りをした。この大事な約束を忘れないために。
「あ、わたしそろそろ行かなくちゃ。」
少女がベンチから立ち上がり傘も差さずに屋根の外へ出ていく。それと同時に遠くからバスのエンジン音が響いてきていた。
「明日も来てくれる?」
「うん。絶対来るよ。」
「嬉しい。やっぱり優しいんだね。」
「当たり前だろ。そっちもちゃんと来るんだぞ?」
照れ隠しなのか口元を手で隠しながら少女は頷いた。
バスが到着し入口がゆっくりと開いていく。扉が完全に開き切ると少女はバスへ乗り込んだ。
「じゃあね、涼太。また明日。」
バスは雨の中へ姿を消した。
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