第20話 侵略者への「収穫」、あるいは断絶の証明

 膝をつき、痛みに耐えるふりをしながら、僕は冷徹に思考を巡らせていた。


 殴られた頬は、確かに衝撃を感じた。だが、領地レベルは4に達し、個人ステータスにはレベル10の身体能力が「超人」の域にある僕にとって、その一撃は岩に卵をぶつけたようなものだ。


 【耐久:金剛不壊】の端緒が、僕の肉体を「単なる人間」から作り変えている。


「……そうですか。ゴミスキル、ですか」


 僕は視線を落としたまま、静かに呟いた。


 目の前で勝ち誇る赤いオーラの男、おそらく名前は呼ぶに値しない。


 僕の髪を掴もうと手を伸ばしてくる。


 男の指が僕に触れる寸前、僕は日本側の領地権限を「積極防衛モード」に切り替えた。


1.農夫型ゴーレムの「慈悲なき労働」


「起動。……『草刈り』の時間だ」


 僕の呟きと同時に、背後の霧の中から、ギチ、ギチ……という不気味な乾燥した木の音が響いた。


「あぁ!? 何だこの音は……」


 男が振り返った瞬間、そこには高さ2メートルを超える「巨大な案山子」が立っていた。


 古びた麻袋の顔に、虚無を映す二つの穴。継ぎ接ぎのボロ布を纏い、丸太のような腕には「巨大な鎌」を模した農具が握られている。


 これが、レベル4で解放された【警備ゴーレム:農夫型】だ。


「な、なんだこのデカブツは!? 隠し持ってた召喚獣か!?」


 赤い男がとっさに腰の剣に手を伸ばすが、ゴーレムの動きは、その巨体に似合わず「疾風」そのものだった。


 シュンッ、という風切り音。


 男が剣を抜くよりも早く、ゴーレムの巨大な「手」が男の顔面を鷲掴みにし、そのまま軽々と地面に叩き伏せた。


「ガハッ……!? ぐ、あああぁぁ!!」


2.「赤」の排除と、「白」の沈黙


「足木場さん! 下がって!」


 白いオーラの細身の男が初めて叫び、懐から銀色のナイフを取り出した。だが、彼は一歩も動けない。


 なぜなら、彼の足元から、現代日本のコンクリートさえ突き破る勢いで、異世界の茨が噴き出し、その四肢を完全に拘束したからだ。


「……動かない方がいい。僕の領地に踏み込んだあなたたちが礼儀を欠けばどうなるのかわかりますよね?」


 細身の男は警戒を強めたまま、動かなくなった。


 僕は立ち上がり、作業着についた泥をゆっくりと払った。


 スーツ姿の男、足木場は、その場に棒立ちのまま、冷や汗を流して僕を見つめている。彼の「黄色」のオーラは、今や恐怖で濁りきっていた。


 探索者経験者かと思ったが、どうやら雰囲気だけで経験はないようだ。


「山田さん……これは、一体……」


「『領地経営』のスキルですよ。言ったでしょう? 調べるなら好きにすればいいと。……ただし、僕の家に土足で踏み込んで、領地を争うというなら話は別です」


 僕は、地面にめり込んだ赤い男を見下ろした。


 男は鼻を折り、恐怖で失禁しながら、見上げるゴーレムの威容にガタガタと震えている。自分の力に自信を持っていたのだろう。それが一瞬で蹂躙される。


「足木場さん。……僕は領内に入った者の敵意を色で識別できます。あなたたちは『白』と『黄』だった。だから攻撃はしていません。ですが、この『赤』い男は、少しばかり僕の土地の肥料になってもらわなきゃならない」

「な、何を……待ってくれ! 山田さん、これはギルドの、正当な調査で……!」

「正当な調査に、暴力は不要でしょう?」


 僕は一歩、足木場に歩み寄った。


 僕の背後では、巨大なゴーレムがゆっくりと鎌を振り上げ、赤い男の首筋にぴたりと添えている。


「ここから先は、僕の領地です。日本の法律も、探索者ギルドの権限も、この霧の向こう側には届かない」


 那須の深い霧が、さらに濃くなる。


「……降参だ。謝罪させてほしい」

「謝罪?」


 僕は無表情で、出来るだけ冷たい声で問いかける。


 もう威圧を止めるつもりもないので、最大限の圧をかけて。


「我々は、領地経営というスキルを誤解していたようだ。これまでスキルを発動した者たちはダンジョンに挑む探索者になった者はおらず前例がなかった。だが、山田さんはここを領地と定めて、この場に現れたシルバーウルフを討伐したのだろう」


 僕は何も説明をしていない。だけど、勝手に足木場がストーリーを作り出して解釈を始めた。


「すまないが、四方木ヨモギくんを離してはもらえないだろうか?」


 四方木というのはゴーレムによって地面に叩きつけられた大男のことなのだろうが、足木場の額には汗が吹き出している。


「この男が僕を恨んで、外で攻撃してくるかもしれない。探索者として力を持っているのだろう?」

「……そんなことはさせないと我々が誓う。この地を君の領地として、探索者ギルドでも認める。特別区として手を出さないことを通達もしよう」


 随分といきなり譲歩を始めたことに僕は警戒心を強めて、言葉を考える。


 すると、ずっと黙っていた白判定の細身の男が前に出た。


「私は、紅月ギルドの副ギルドマスターをしています。雅圭ミヤビケイと言います。私はシルバーウルフの捕獲ができるような探索者を勧誘するためにこちらに来させていただきました。ですが、あなたの「領地経営」は特定の条件下でしか力を発揮できないようだ」


 雅と名乗った男が拘束しようと蔦を見て、何か納得している。


「彼は我がギルドの傘下にあります。解放してくれるなら、我々としても探索者ギルドに協力して、あなたへの誤解解消を約束します。もちろん、あなたへ暴力を振るった代償もしましょう」


 丁寧で優しくはあるが、男の強さがわからない。大男よりも強いことだけは伝わってきた。つまりは、僕よりも強いかもしれない。


「……いいでしょう。探索者ギルド、紅月ギルドの署名と、もしも、領地に無断で侵入するバカがいた場合の処理を頼むことになるが? それにもしも私が領地以外で襲撃を受けた場合も」


 足木場と雅が互いに頷き合う。


「できる限りのことはしよう」

「探索者ギルドとしても危険がないのであれば、問題ない」

「……なら、今回は信じよう」

「ありがとう。これは私の名刺だ」

「わっ、私も!」


 雅に続いて、足木場からも名刺を渡されて、何かあればそこに連絡をしてくれと二人は気絶した四方木を連れて立ち去って行った。


 僕は姿が見えなくなり、人の気配がなくなったのをシステムで知って、へたり込んだ。


「ヤバっ! 怖すぎだろ」


 あの雅って男は明らかにヤバい相手だった。


 もしも、四方木という大男を人質に取れてなかったら……。


「日本の探索者もなかなかに化物揃いってことか」


 上級ランクの探索者は警戒が必要かもしれない。

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