第16話 遺棄された欠陥品 、 昏い森の底で

sideアルマ


 その指先からは、火も出なければ、水も湧き出さなかった。王国の空を飛び交う美しい魔力の光を、僕がこの手で掴めることは一度もなかった。


「無能者」


 そう呼ばれるようになったのは、今よりも幼い頃の冬だったと思う。


 人間族が支配するあの国では、魔力がすべてだった。


 貴族たちは魔力が高い者が多く。魔力が少ない者ほど平民や、奴隷など低い者は労働力として数えられる。


 そして、僕たちのような「獣の耳」を持つ種族は、生まれつき高い魔力を宿していなければ、人間以下の家畜として扱われる。


 魔力を持たない獣人の子供。


 それは、あの国にとって「食料を浪費するだけの生ゴミ」と同じだった。


 もう、いい。


 母さんの声だったか、父さんの声だったか。奴隷として人間たちに従う両親から話されて、ある日、僕は狭い木箱に押し込められた。


 獣人の子供は丈夫だから、森に捨てれば勝手に死ぬか、運が良ければ飢えた魔物の腹を満たす役には立つだろう。


 そんな会話が、箱の隙間から聞こえてきた気がする。

 

 ガタガタと揺れる馬車の音。降り注ぐ冷たい雨。

 

「……ひっ、う……」


 隣で同じように震えているのは、僕より小さな妹のルナだ。

 

 僕たちは、人間たちの手によって「捨てる場所」へと運ばれた。


 そこは、王国ですら恐れるという『境界の森』。

 

 けれど、途中で馬車が襲われた。

 鉄錆の臭いと、卑しい笑い声。

 

 箱を奪ったのは、王国にすら居場所のない盗賊たちだった。

 

「魔力なしのガキか。……まあいい、ハーフエルフの奴隷がいた場所が空いてる。そこに詰め込んどけ。労働力として売るか、魔道具の実験体にでもすりゃあ小銭にはなるだろ」


 真っ暗な、汚物と血の臭いが染み付いた木箱。

 僕たちはそこで、ただ「死」が来るのを待っていた。

 空腹で、喉が張り付いて、もう声も出ない。

 外からは、盗賊たちのパニックに陥った叫び声が聞こえる。

 

「霧だ! 道が消えた!」

「戻れねぇ! なんだ?!」


 やがて、人の気配が消えた。

 

 静寂。

 

 僕たちは、捨てられた。盗賊にさえ、ゴミとして置いていかれたんだ。

 

 冷たい霧が、箱の隙間から入り込んでくる。

 

 ああ、これで終わるんだ。

 

 ルナの体が、だんだん冷たくなっていく。

 

 ごめんね、ルナ。僕が、魔力を持って生まれていれば。獣人じゃなければ。

 

 意識が遠のいていく。

 

 その時だった。

 

 パキィィン!!

 

 硬い音が響き、箱を閉じていた頑丈な錠前が、一瞬で砕け散った。

 

「……ぁ」

 

 眩しい。目が焼けるような、でも、どこか柔らかな光。ゆっくりと扉が開く。

 

 そこに立っていたのは、僕を捨てた「人間」と同じ姿をしていた。


 でも、何かが違う。


 王国の貴族が纏うような派手な衣類じゃない。


 深い紺色の、見たこともない服を着ていた。


 グレーのニット帽。

 

 その人は、僕を見ても、汚いものを見るような目はしていなかった。


 冷たい鑑定の目でもなかった。


 ただ、夕暮れの畑を見るような、穏やかで、底知れない瞳。

 

「……大丈夫だ。もう、あいつらは来ない。ここにいる子供たちは全員僕が助けるから安心して」


 気づいたら僕は、妹のルナを守るように人間を睨んでいた。

 

 その人の声がした瞬間、僕の震えが止まった。


 不思議だった。この人からは、王国の魔術師のような「刺すような魔力」を感じない。なのに、彼がそこに立っているだけで、森の冷たい霧が、僕を殺そうとした絶望が、霧散していくのが分かった。

 

「ここは僕の家だから」

 

 家、捨てられた僕たちに、そんな場所があるはずないのに。

 

 その人は、僕とルナを、まるで壊れ物を扱うようにそっと抱き上げた。

 

 温かい。手から伝わってくる体温が、止まりかけていた僕の心臓を、もう一度動かした。

 

 ふと視界が開ける。


 森の暗がりの向こうに、見たこともない『白亜の邸宅』が建っていた。


 窓から漏れるのは、魔法の灯火よりもずっと明るく、優しい光。

 

「……神様、なの……?」

 

 僕が掠れた声で呟くと、その人は少しだけ困ったように笑った。

 

「いいや。ただの、領主だよ」

 

 領主? 僕は、その人間族の袖を力なく、でも必死に掴んだ。

 

 魔力がないから捨てられた。

 

 獣人だから蔑まれた。けれど、この温かい腕の中だけは、僕が「僕」として生きていていいのだと、そう言われている気がした。

 

 那須の深い霧の向こう。


 僕たちの絶望は、一人の領主様の手に抱かれ、静かに終わった。




side山田領平



 僕は怒りを感じていた。


 盗賊たちは林から追い出されると、すぐにやってきた馬車を襲撃した。


 それも一度ではなく何度も。そして、襲撃した馬車には子供が乗せられていた。


 リアになぜ子供ばかり馬車に乗せられて、林に連れて来られるのか? 


 答えはあまりにも残酷な話で、僕は心から怒りを感じていた。


「王国では、人間族至上主義なのです。この子達は獣人の子供たちです。奴隷として連れて来られた両親から産まれたのでしょうが、魔力が無ければ捨てられてしまうのです」

「魔力がないから?」

「はい。この世界では魔力量が身分を決めています。王族貴族は魔力量が多く。また人間族以外の種族は魔力が高いと言われています。ですが、獣人や奴隷として虐げられた者たちの中には魔力を失う者たちが出てくるのです」


 リアの説明に、僕は拳を握りしめた。


 そんな理由で子供を捨てる。


 しかも、それを商品としてしか見れない盗賊。


 これが人がすることなのか? 僕の目の前には、九人の子供たちが木箱に詰められているのを助け出した。


 彼らのために真っ白な屋敷を建てた。綺麗な環境で休息してほしくて、病院のイメージで建てた。


 今はベッドも設置して、彼らが寝られる場所を確保した。


 中には痩せ細って脱水で死にかけている子もいたから、僕は生理食塩水とブドウ糖を合わせた点滴をすることにした。


 僕は医者じゃない。だけど、必死に彼らを助けるための勉強をする。


「リア、他にできることはないかな?」

「私が回復魔法をかけられます。ですが、怪我や病気以外は」

「うん。彼らの状態は栄養失調だと思う」


 寒くないようにベッドと暖かい布団を用意して、寝ている子供たちに点滴をしながら、次は起きた時のために食事を作る。


「ねぇ、リア」

「はい」

「僕はなんでここに異世界領地が開いたのか、理解したような気がするよ」


 僕は子供たちを元気にしたい。


 そのために勉強をしよう。

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