現代ではゴミスキルだとバカにされた領地経営。田舎に住んだら異世界への扉が開いたので、ダンジョンで一攫千金して成り上がる
イコ
始まりのゴミスキル
第1話 クズスキルと、予期せぬ遺産
世界が「終わりの始まり」を迎えてから、今日でちょうど五年が経つ。
ある日、地球のコアから溢れ出した莫大な生命エネルギー通称「魔力」は、次元の壁を内側から食い破り、各地に「ダンジョン」という名の治癒不能な傷跡を残した。
政府やメディアはこれを「人類進化の好機」「無限のクリーンエネルギー」と喧伝し、人々はこぞって魔物を狩り、その魔力を「器」に溜めることで発現する異能「スキル」の優劣に一喜一憂している。
だが、それが地球の安定を司るエネルギーの枯渇を意味し、滅亡へと向かうカウントダウンの音だとは誰も知らない。
♢
「……これで、最後だ」
僕は震える手で、JDSA(日本ダンジョン探索者協会)の受付カウンターに、使い古されたボールペンで記入した登録書類を差し出した。
大学を卒業してから二年。将来への展望もなく、複数のバイトを掛け持ちしては、コンビニの半額弁当で命を繋ぐだけの
そこから抜け出す唯一の、そして最後の望みが、探索者として登録して、人生を逆転させる。
そのための「スキル」を掴み取ることだった。
「
無機質なアナウンスに呼ばれ、僕は消毒液の匂いが漂う最新鋭の鑑定室へと足を踏み入れた。中央に鎮座する、魔力を可視化する巨大な水晶体。それに触れるだけで、その者の魂に刻まれた「才能」が暴かれる。
「……判定終了。山田さん、あなたのスキルは――『領地経営』です」
鑑定官の冷淡な声が、防音室の壁に跳ね返った。
僕は耳を疑った。領地経営? それはどんなスキルなんだ? ファンタジーの世界なら王や貴族が発現すれば、領地を発展させるスキルってことぐらいは理解できる。
だが、ここは法治国家、現代日本だ。
「……領地経営? それは、どういう効果があるんですか?」
「現時点では、詳細不明です。ただし、システム上の定義では『自身が領主として認められた土地において、資源管理や施設建設を補助する』となっています。まあ、現代日本において個人が『領地』を所有することなど不可能ですから、実質的には死にスキル……いえ、未発動スキルですね。次の方が入りますので、退室してください」
追い出されるようにロビーに出ると、そこには見覚えのある顔が、冷ややかな笑みを浮かべて待っていた。
大学時代の同期であり、常に僕の上を行くことで自尊心を満たしていた青柳剣斗《あおやぎけんと)が待っていた。
「よお、山田。顔色が悪いな。どうだったんだよ、期待のスキルは」
「青柳……。君には関係ないだろ」
「関係あるさ。俺は今日からプロの探索者としてチームを組むんだ。キャリアアップのために会社も辞めた。俺のスキルは『剣術』。しかも剣術の中でもAランクの双剣使いだ。花形中の花形だ。で、お前は?」
青柳が横にいた二人組に目配せする。
一人は二十代後半のリーダー格、
もう一人は、派手なブランド物で身を固めたギャル風の女性、
「こいつか? 剣斗の言ってた運の悪い同期ってのは。俺は茶谷だ。スキルは『身体強化』。見てろよ、俺の拳一つでダンジョンの魔物なんて粉砕してやるからな。で、お前のスキルは何なんだ? まさか『家計簿作成』とかか?」
明らかに僕をバカにするために、青柳が連れてきたのだろう。
「……『領地経営』」
絞り出すような僕の声に、ロビーが一瞬の静寂に包まれ、直後、爆発的な笑い声が沸き起こった。
「領地経営!? なんだそれ、不動産屋の才能かよ! ここは中世じゃねえんだぞ!」
茶谷が腹を抱えて笑い、青柳は憐れむような目を向ける。
「相変わらずだな、山田。俺は正解を選んだが、お前は相変わらず運がない。領地なんて持ってない奴がそんなスキル引いてどうするんだ? 固定資産税の計算でもして一生を終えるのか?」
「最っ低。マジで引くわ」
白石葵が蔑みの視線を送りながら、指先でパチンと音を鳴らした。その指先から、清涼な水球が浮かび上がる。
「あたしのスキルは『初級水魔法』。最も希少で、高レアリティな魔法系よ。フリーターが変な夢見て、こんなゴミスキル引いちゃうなんて痛すぎる。戦闘も生産もできないクズスキルなんて、持ってるだけ無駄じゃない。近づかないでね、クズが移りそうだから」
三人は僕を嘲笑い、肩をぶつけるようにして去っていった。
手元に残された、薄っぺらな鑑定書。
「現代ではゴミ」という刻印。
僕は逃げるようにJDSAの建物を後にした。
♢
それから数日間、僕はボロアパートに引きこもり、天井を見つめて過ごした。
スマホを開けば、探索者たちの華やかな活躍が流れてくる。青柳たちも、すでに上層ダンジョンで成果を上げているらしい。
僕には何もない。金も、才能も、居場所も。
そんな絶望のどん底にいた僕の元へ、一通の現金書留と書類が届いたのは、運命の悪戯だった。
送り主は、縁もゆかりもないはずの法律事務所。
内容は、数年前に他界した祖父母が僕に残していた「遺産」の相続に関する通知だった。遺産といっても、金目のものはない。
栃木県の北部、人の気配も途絶えた山奥にある古い民家と、その裏に広がる広大な山林。
「……栃木の、山」
祖父母が昔、自給自足の生活を夢見て買った土地だ。だが、今やそこは管理する者もいない陸の孤島。不動産価値など皆無に等しい。けれど、その時、僕の脳裏に一つの狂った考えが浮かんだ。
誰もいない山。僕しか所有者のいない土地。
そこなら、僕は「領主」になれるんじゃないか?
僕はその日のうちにアパートの解約手続きを済ませ、わずかな私物と、バイト代をはたいて買った最低限のキャンプ道具をレンタカーの軽トラに積み込んだ。
東京を抜け、東北自動車道を北へと走る。
ビル群が消え、景色が深い緑に飲み込まれていくにつれ、僕の心は不思議と落ち着いていった。
到着した場所は、地図にも載っていないような山道の先だった。
錆びついた門、ツタに覆われた古民家。そして背後にそびえ立つ、名もなき山。
「……ひどいな」
苦笑いが出るほどの荒れ果て方だった。だが、ここには誰もいない。僕を笑う青柳も、蔑む白石も、無機質な鑑定官もいない。
僕は軽トラから降り、湿った土を踏みしめて叫んだ。
「スキル発動! この山を……僕の『領地』として認定する!」
自棄っぱちの叫びだった。
だが、その瞬間。
視界がホワイトアウトした。
『適合条件を確認。私有地【栃木県・那須連峰周辺山林】を、山田領平の「領地」として正式に登録します』
頭の中に、これまでの人生で聞いたことのないほど荘厳なシステム音が響く。
『領地レベル:1。初期ボーナスとして領主室(母屋)の機能を拡張できます』
『領地マップ、資源管理ウィンドウ、並びに異次元境界ゲートを構築……成功しました』
目を開けると、視界の右隅に半透明のコンソールが浮かんでいた。
そこには、僕の山の三次元マップが精密に描かれている。
「嘘だろ……。本当に発動した……?」
心臓の鼓動が激しくなる。だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。
翌朝、冷え込みで目を覚ました僕が外へ出ると、母屋と山の境界にある古い井戸のそばに、異様な光の渦が立ち昇っていた。
直径三メートルほどの、ゆらゆらと揺れる空間の歪み。
恐る恐る近づくと、マップ上に真っ赤な文字が浮かぶ。
『異次元境界:開門(オープン)』
『接続先:異世界「テラ・ノヴァ」第十七区画』
『領地内に初級ダンジョン【黎明の縦穴】を検知しました』
光の渦の向こう側に見えるのは、地球の色彩とは明らかに異なる、紫色の夕焼けに照らされた草原だった。
僕は確信した。このスキルは、現代の土地を経営するためのものじゃない。
地球の魔力流出によって開いた「扉」の先。
異世界の土地を、自分の領土として支配するための能力なのだ。
僕は、物置から見つけ出した錆びた
恐怖よりも、底知れない高揚感が勝っていた。
扉を潜った瞬間、肺に流れ込んできたのは、甘く、それでいて肌を刺すような濃密な魔力の空気。
目の前には、巨大な岩肌に口を開けた洞窟(ダンジョン)が広がっていた。
『警告:領地内に敵対生物を確認。領主による排除を推奨します』
洞窟の陰から現れたのは、地球の生物学には存在しない、巨大な牙を持つネズミのような魔物:ホーンラットだった。
僕は鉈を構えた。普通の人間なら、訓練もなしに戦うのは自殺行為だ。
だが、ここは僕の領地だ。
『領地内バフ発動:全ステータス+10%』
『領主特権:敵の行動予測(初級)を開始します』
魔物の動きが、スローモーションのように見えた。
飛びかかってくるホーンラットの喉元を、僕は無我夢中で横に薙いだ。
確かな手応え。魔物は断末魔の叫びを上げる間もなく、黒い霧となって霧散した。
そして、その後に残ったのは、鈍い銀色に輝く小さな石だった。
「……これは?」
拾い上げると、コンソールが情報を表示する。
『ドロップ品:星屑の欠片(レアリティ:B)』
『説明:現代地球の技術では分析不能な高エネルギー鉱石。非常に稀少』
『補足:領主の「運」ステータスにより、最高品質のドロップが確定しました』
星屑の欠片。
探索者協会の買取リストで見たことがある。最下層のダンジョンで、数千分の一の確率でしか出ないとされる、数百万円単位の値がつく超高価な資源だ。
それが、最初の一体から、当たり前のように転がり落ちた。
「はは……、はははは!」
僕は、洞窟の中で声を上げて笑った。
ゴミスキル? クズスキル? 笑わせてくれる。
現代のシステムが僕を否定するなら、僕は異世界のシステムをこの地に上書きしてやる。この広大な山を、ダンジョンを、異世界の資源を、すべて僕の「領地」として経営してやるんだ。
魔石を売り捌き、資金を作り、このボロ屋を、山を、最強の要塞へと変えていく。
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