アフター・ザ・ダンジョン ~英雄様が平和にした、クソみたいな現代で~

たーたん

第一話 あたしは望んでなかった

 どこの英雄様だか知らないけれど、簡単に終わらせちゃいけないものってある。

 数十年前に全世界に現れたダンジョンは、この英雄様のご活躍によって全踏破され、完全消滅し、人類に勝利をもたらした。


「――自己紹介をお願いします」


国定弥生くにさだやよいです。23歳です。前職は冒険者で、A級ライセンスを所持しています」

 

 あたしを含めた冒険者たちも勝利の余韻を噛みしめ、力を尽くしたお互いの武勲を称え、未来の明日に希望を見出したものだけど――現実は違った。


「以上ですか?」


「あ、あたし、いえ私は【自動迎撃】と【感応】のスキルに特化しており、【再生】や――」


「はい結構です。次に、当社に就職を希望しようとした理由と、あなたが活かせるスキル、竜殺しとかではないですよ? はは。我が社にとって活かせるスキルです。それと、あなたが見据える5年後、10年後のビジョンもお聞かせください」


 冒険者は不要になったんだ。

 ダンジョン攻略の際に開花したスキルは、ダンジョン消滅後も消えることはなかった。

 人類の興味と敵視があたしらに向けられるのは当然だった。

 スキルは異常と蔑まれ、冒険者ではなく異能者と呼ばれるようになった。


「あ、あの……私のビジョンは……えっと」


「はい。ありがとうございました。結果は後日、郵送にてお送りいたします。本日はありがとうございました」


「あっ、ありがとうございました! ご縁がありましたらど、どうぞお願いいたします!」


 一大ブームを巻き起こした冒険者は、一転して世界から「邪魔者」として扱われるようになった。

 扱いにも困るだろう。

 なにせ、普通の人間にとってあたしらはしている状態に変わりないのだから。



 これも、どこかの英雄様がダンジョンを終わらせてしまったばっかりに。

 あたしの冒険者歴7年はまったく意味もない7年に成り下がってしまった。

 せっかくの面接にこぎつけてもこのざま。

 


 便利だったものは、役目が終わると枷になる。

 あたしらの体内に埋め込まれたチップもそうだ。

 仮にあたしがスキルを発動したとしよう。

 そうすると、警察やらなにやらが即座に出動し問答無用で確保される。

 抗おうものなら武力による鎮圧が待っている。



「お疲れ様です」


「……どちらさま?」


「また忘れてるんですか、バイトの国定ですよ。ほらタイムカード」


「ああ! 国定さんね、今日はどんなシフトだっけ?」


 バイト先のコンビニの店長は最近やけに忘れやすい。いくらバイトだからといって雇っている人間を忘れるなんて心配になる。

 それに初めて見る女みたいな目であたしの体を眺めてくる。

 そうしてあたしの顔を見て視線を逸らすのだ。

 きっとあたしの目が冷たい感情に乏しい顔をしているからだろう。


 幸いサービス業は慢性的な人手不足なのであたしはコンビニのバイトでなんとか生計を立てていた。


 21時を過ぎるころ、いつものお客がレジに並ぶ。


「430円です」


 B5のノートと黒のボールペン、それとホットのハチミツレモン。

 あたしが知る限りこのお客は毎日このセットを買いに来てる。

 歳は……中学生が高校生の女の子。ダウンジャケットに、ファーのついたフードをいつも被っていて顔を見ることはあまりないが、いつも500円を払うのでお釣りを渡すときに目が合う時がある。


 なんでこんなこと、なんてしょっちゅう思ってる。

 この時間だと戦利品を確認して、スキルアップしたり武具の強化をしたり、酒場で盛り上がったり冒険譚に華を咲かせていた。

 あのむさ苦しくて、汗臭い空気が懐かしい。

 あの血みどろになって戦ったスリルが恋しい。

 ダンジョンを踏破したあの高揚感が忘れられない。

 でも、ダンジョンはもうないのだから……望んだところで意味がない。


 今日もバイトの帰りに温めたワンカップの日本酒を買って、寒空の中ちびちび飲みながら帰る。

 今月は面接の予定もないし、ひたすらバイトするだけで終わりそうだ。


 コンビニのガラスに自分が映る。

 横にまとめただけの黒い髪。全身ぶかぶかで地味な色の服。

 冒険者のころと比べたら覇気なんてなく老けて見える。

 ああ、こういう場合はずっと大人に見える、かな。


 つまんない毎日だ。人類にとってはこれが良かったのだろうけど。

 あたしも人類のつもりだったけどね。今は違うみたいだけど。


 とぼとぼ家路についている途中で何台ものパトカーとすれ違った。

 目線の先には青を赤のパトランプで夜空が赤と青に染まっていて、何やら争うような声も聞こえてくる。


 よく見る光景だ。

 異能者がスキルを発動してお巡りさんが出動したのだろう。

 最近、物騒な事件も多くなってきて、ダンジョンがあったころの名残で重火器の使用は抵抗がなくなっているようだ。むしろ、異能者を鎮圧できる有効的手段として受け入れられているまである。


 だったら、あたしのスキルを使って、お巡りさんの代わりにあたしが異能者を抑え込むことだってできるのに。対人だってダンジョンを巡っていれば何度も遭遇したし対処もしてきた。そういうことにだって、慣れてる。


「弥生か!? 弥生、助けてくれ!!」


 不意に名を呼ぶ声が聞こえた。

 通り過ぎようとしていたパトカーと警官の群れの中に、一人の男が電柱を背に包囲されている。道路を挟んで闇夜に紛れるように歩いているあたしは向こうからは見えないはずだ。通常なら。


 聞いたことがある声だ。


 まああたしもうこうして状況が視えている時点でスキル開放中なのだが、これは常駐化されているもので制御なんてできない。

 ただ、視えないようにフリだけはしなくてはならない。


 ここで反応なんてしてしまったら、あたしまで巻き込まれる。

 普段なら曲がらない道を即座に曲がり、男と距離を離れようとする。


「おい弥生! 俺だよ、篤だよ! 覚えてるだろ! こいつらに、俺は無害だって説明してやってくれよ!」


 知ってるよ。何回か一緒に潜った記憶がある。

 自身の怒りを力に変えて物理で相手を封じ込める超近接特化型の戦士だった。


「……」


「おい! てめえ! 聞こえてるだろ! 弥生!」


 あたしは酒を飲み干して、歩く速度を上げる。

 気づかれて追いかけられてもやっかいだ。


「ふざけんなっ! 無視しないで助けろ!」


 距離はもう離れているが、はっきりと篤の声は聞こえる。

 激情で震えている声。

 これは無視されたことへのあたしへの怒りか。


「クソアマがあぁ! こいつらぶっ殺したあと、てめえもぶっ殺してやるからなああぁぁーー!!」


 ……。


 パンパン、と乾いた銃声が後ろで何発も響いた。何発も。何発も。間を空くことを恐れているかのように。人一人に撃つ発砲音じゃない。


 あたしは何も見ないふりをして、闇の奥へ耳を塞いで歩き続けるしかなかった。


 あたしは、こうなることを望んでなかった。

 でも、止めようともしなかった。


 どこの英雄様だか知らないけれど、こんな世界にしてくれて、どうもありがとう。

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