五話 複数の正解
第五話 複数の正解
午前の業務開始と同時に、端末が短く振動した。未処理案件が三件。同時刻に届くことは珍しくないが、内容が揃っているのは久しぶりだった。
いずれも国策アニメの脚本案。対象年齢、放送枠、教育目標――すべて同一。差異は物語の重心だけだ。
一つは英雄を中心に据え、困難を突破する筋。もう一つは集団の合意形成を丁寧に描く構成。残る一つは、判断そのものを描かない。結果だけが淡々と提示される。
私は規定表を開き、順に照合した。違反はない。倫理的問題も見当たらない。どれも、通して構わない。
それでも、三つ同時には通せない。
放送枠は一つだ。教育方針も時期も、すでに決まっている。選ばれなかった脚本は、間違いではなく、不要になる。
「全部正しいな」
隣席の同僚が、画面を覗き込みながら言った。
「全部は無理だろ」
軽い口調だった。理由を問う必要はない。無理だから無理なのだ。
私は再び三案を見比べた。英雄は分かりやすい。集団は無難だ。判断を描かない案は、説明が要る。
最後の案の文体に、わずかな既視感があった。言い回し、間の取り方。名前を確認するまでもない。
私は署名欄に指を置き、ためらいなく一つを選んだ。角が立たず、説明の要らないもの。これまで通りの判断だ。
処理は数秒で終わった。不合格の二案は、自動的にアーカイブへ送られる。誰が読まなくなるのかは表示されない。
署名欄には、私の名前が残っていた。
判断したのは、自分だ。
そう理解するまでに、少し時間がかかった。
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