07
講堂の探索を終えた後は、外に出て外観を撮影した。今回の記事のカバー画像はこれか、本校舎の外観にしよう。記事の内容も充実しそうだから、気合を入れて文字入れなどの加工をしてみてもいいかもしれない。もちろん、写真そのものに手を入れる気はないが。
「もうこれで全部だよな、たぶん。聖堂があるって書いてあったんだけどな」
「まだありますよ」
即座に返された声には芯が通っており、映画について話していた時の翔太を思わせた。
普段は何にそうも怯えているのかと尋ねたくなるほど、おどおどと目を合わせずに喋るのに、オカルトや心霊、映画の話になると、翔太の声はよく通る。早口になるわけでも、声がやたら大きくなるわけでもない。ただ、堂々とする。すうっと背筋が伸びるのだ。
翔太はどうやら、この廃墟の続きを知っているらしかった。オレが調べた時には情報が少なくて、所在地以外に得られるものは殆ど無かったし、唯一存在が明記されていた聖堂さえ見当たらなかったのだ。にも関わらず、想像していなかった反応を返され面食らう。
「まだあるっつったって、もうこれで全部じゃねえの? 他に行けそうなとこ、ないだろ」
今のところ中に入ったのは本校舎と講堂のみだが、道中で宿直室らしき小屋やプールなども確認している。オレが見たサイトの情報は古いものだったから、どこかのタイミングで聖堂は取り壊されてしまったのだろう。あと他に、ありそうなものは? 自分の学校を思い浮かべても、武道場とか第二校舎とか、そういうものしか思い浮かばない。全盛期であっても生徒数はさほど多くないであろう女学院に、果たしてそれらは存在するのだろうか。
「旧校舎ですよ。それから、聖堂も」
翔太はにやりと悪戯っぽく笑ってみせた。考えを読まれたような気がして面白くなかったが、何かを考え込む様子で黙りこくっていれば察しもつくだろう。しかし、あるという記載を見た聖堂はともかく、旧校舎も存在しているのか。いかにもオカルト好きが好みそうな場所だ、まあオレも嫌いじゃないけど。
……にしたって、これまでに見てきた場所にそれらしきものがなかったことは確かだ。特に旧校舎なんて、気付かないはずがないと思うのだが。しかし翔太はオレに再び考え込む時間をくれず、待ちきれないといった様子で宙ぶらりんになっていたオレの左腕をぐいっと引っ張った。痛いくらいの強さで。
「校舎裏に柵があったの、覚えてますか? あの向こうにあるんですよ。……ぼくが今日、ここへ来た目的は、それなんです。旧校舎が、見たかったんです」
そんなにか、というのが率直な感想だった。必死さすら滲む指先が、皮膚に少し食い込む。
「ここの旧校舎と聖堂は、七月末で取り壊されるんですよ。工場が建つらしくて……ああ、柵のこっち側は大丈夫なんですけど。少し離れてるので」
陽は西に傾いている。地平線はまだ遠いが、それでも、着実に。
「だから、どうしても来たかったんです。本当は、ここを舞台に映画を撮りたかったんですよ。先生にばれたら怒られるから、ぼくたちが全部やって、観客もぼくたちだけ。そんな映画を作ろうって、話してたんです。できれば幽霊が映ったりしたらいいなって、下心もありましたけど。……でも、本当にやりたいって思ってたのは、ぼくだけだったみたいで、結局今日はこんなことになりました。でも、だからって、見たいものは見たいんですよ。ぼく、滋賀から来てるので、今日が駄目ならまた今度とか、無理なんです」
翔太はすらすらと、滞りなくそれらを述べて、目を伏せた。これまでの発言に嘘偽りはないという何よりの証左にも思えた。眼下のつむじをじっと見つめながら、閉口する。
――ああ、そうか。取り壊されてしまうのか。
数多くの廃墟写真サイトが閉鎖されていく中で、現在も更新を続けているサイトでは、時折こんな追記を見る。日付とともに記された、現在は解体済みという但し書きだ。それを見る度に、複雑な気持ちになる。
自分にとって価値あるものが瓦礫になってしまうことへの寂しさを感じながら、そういう性質を持つからこそ強く惹かれているのだと意識する。刹那の美しさへの憧れは、古来より人間誰しもが持ち得る感性のひとつだろう。そういう矛盾を愛おしむから、青春を謳歌する。春の桜に、夏の花火に、秋の紅葉に目を奪われる。
終わりも期限もないものに、一体誰が必死になれるだろう。廃墟という存在は、取り残されてしまったものでありながら、実は永遠とは程遠いところにある。ぎりぎりのところで調和を保っていた芸術が崩れ去るのは、いつだって一瞬だ。それはこの聖リュドミラ女学院のように、重機によって齎されることなのかもしれないし、あるいは老朽化による自壊という結末を指すのかもしれない。生きている建物と同様に、災害によって成す術もなく崩れ去ってしまうことだってある。それらのうちどれが起こっても、誰も不思議には思うまい。
言いたいことが、上手くまとまらない。一言で言えるなら良かったものの、自分の考えはそんなにはっきりしたものではない。要領を得ない言葉になるであろうことを理解しながら、口を開く。
「……オレたちの都合なんて、関係ないんだよな。いくら撮りたいっつっても、二週間後には更地になってんだ。建物を壊すって、そういうことだろ。呆気ないんだよ、だってこいつら、言い換えれば建物の死体だし。撤去されて当たり前だ。でも」
首から掛けたカメラに手を添える。掴まれていた左腕が解放されたので、両手でカメラを持ち上げた。電源を入れ、今日撮影した写真をそれぞれ確認していく。
「オレにとっては、そうじゃない。ある意味では、生きてる。価値が生まれるんだよ。理由は違うけど、お前にとってもそうなんだよな。……悪かったな、帰そうとして」
好きなものを、どうして好きなのか。理由を言語化できるのは、頭のいい人間であるに違いない。だってこんなにも難しい。思っていることを一つ一つ並べていくことでしか表現できない。バイト代と時間、そのほとんど全てを捧げられるほどの趣味なのに。
「大人として帰さなきゃいけなかったのは、わかります。でも、そうしないでくれて、ありがとうございました。……行きましょう、旧校舎に」
「オレの目当ては聖堂だけどな」
「大差ないですよ」
あるだろ。そう言ったが、翔太はあまり気に留めていない様だった。
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