第23話 王都陥落、告げられる真実

それは、突如として舞い込んだ報せだった。

王都が――陥落したというのだ。


報告を持ち帰ったのは、王国からの避難民を護送してきた商人の一団だった。

アルディナ城の会議室に連れられた彼らは、長旅の疲れで顔も手も土にまみれ、震えていた。


「帝国の主力軍が大陸中央を横断し、王都を包囲しました。

貴族たちは抗うこともできず……王宮は占拠されたのです。

抵抗した兵や民は、皆――捕らえられました。」


その言葉に、部屋の空気が凍る。

セイルが顔を引き締めた。

「完全に……落ちたのか。」


「はい。そして──」

商人の男が唇を噛む。

「宰相ベニアスも姿を消したと。」


沈黙が走る。

ヴァルドが拳を机に叩きつけた。

「やはり奴だ! 王国の転覆を裏で操っていたのはあの老狐に違いねぇ!」


レオンは険しい顔で地図を見つめる。

「帝国が王都を取った以上、次の標的はこのアルディナ。

彼らは王国の後継国家の権限を名乗って、我々に“併合”を求めてくるはずです。」


俺は深く息を吐いた。

「……つまり、戦の次の相手は帝国。

ただの軍ではない。“国家”そのものだ。」


『帝国は、天をも欲している。』

アルディネアの声が低く響く。

『天空城の力を奪い、この世界を地上から支配する。

神竜すら超える“人の王”を作ろうとしているのだろう。』


「ベニアス……その企みを利用して帝国と手を組んだのか。」

セイルが唸る。

「だが、王都を落として何を得る? あの男に“忠義”なんて言葉はないはずだ。」


「奴の目的は王でも帝国でもない。」

俺はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「“竜の血”だ。」


一同が息を呑む。

アルディネアが目を細める。


『……つまり、我ら神竜の血を掌握し、“竜の民”を作り出さんとするか。

千年前のアルフテリア滅亡と同じ道を辿るつもりか。』


「ベニアスは古代の研究記録を復活させていた。

竜と人を融合させて創る“不死の支配者”――その技術を帝国に売ったんだ。」


リーナが青ざめた顔で震える。

「そんな……人の身で神を超えようというのですか?」


「ああ。だが、もしそれが成功すれば、アルディナも、竜も、すべて支配下に置かれる。

奴は“神”になる気だ。」


***


夕刻。

俺は城のバルコニーに立ち、沈む陽を見つめていた。

オレンジ色の空を、アルディナの旗がはためいている。

風の中に混じって、遠くの避難者たちの泣き声が微かに聞こえた。


数多の者がこの地を頼ってきている。

守り切れなければ、彼らもまた過去の王都と同じ末路だ。


そこに、レオンの足音がした。

「アレン様。……ベニアスが帝国にいる可能性が確認されました。」


「帝国本土か。」


「いえ、正確には王都の地下。

旧王立研究塔が帝国に接収され、その下層で大量の魔力反応が観測されています。

おそらく、竜の核を模倣した装置群が造られているのでしょう。」


「……つまり、“竜人兵”の量産か。」


「はい。帝国軍の残骸から、擬竜体の構造がいくつも見つかっています。

あの試作兵器、どうやら奴らの“実験”だったようです。」


口の中に鉄の味が広がった。

あの戦いは、世界のためではなく、奴の“実験材料”の一部だったというのか。


『怒るな。』

アルディネアの声が静かに慰めようとする。

『汝の怒りは正しいが、それに溺れれば奴らの望むままだ。』


「分かってるさ……でも、これ以上奴をのさばらせるわけにはいかない。」


レオンが頷く。

「策が必要です。帝国に正面から挑んでも勝ち目は薄い。

ですが、城の地下に入れるのは、まだ一部の参謀と貴族だけ。

情報を外へ流して混乱を起こせば、奴の実験を止める隙が生まれます。」


「つまり内側から崩す、か。……よし、それしかない。」


俺は決意を込めて言った。

「これから“奪還作戦”を始める。

標的は帝国の王都地下――竜の記録庫〈アーカル・ラボ〉。

奴が何を造っているか、この目で確かめる。」


「了解しました。」

レオンの声が静かに響く。


***


夜、風が冷たくなったころ。

中央の塔に設けられた作戦室で、全隊員への通達が行われた。


「これから我々は帝国領に入る。

正式な宣戦ではない。この戦は――人の狂気に抗うための戦だ。」


俺の言葉に、全員が立ち上がり、右手を胸に当てた。

誰一人、恐れていなかった。

リーナが一歩前に出る。


「私も行きます。竜族の記録を読み解くためには、私の魔導解析が必要でしょう?」


「だが危険だぞ。」


「危険だからこそ、行くんです。」

彼女の両眼が強い意志を宿していた。


「俺もだ。」ヴァルドが笑う。

「鍛冶屋だって鉄火場くらい慣れてる。

帝国がどれだけの武装を作ってるか、この目で見ておきてぇ。」


セイルもまた懐から地図を広げる。

「帝国の補給線を潰しましょう。兵糧がなければ巨大な軍勢も動けません。

商人の策を見せて差し上げますよ。」


「……ありがとう。」

俺は微笑んだ。

「みんな、心から信じてる。その絆があれば、どんな闇も越えられる。」


そのとき――吹き抜けから一陣の風が流れた。

アルディネアが現れ、翼を広げた。


『お前たちの誓い、確かに受け取った。

我は空を裂き、汝らを導こう。

この戦は竜のためではなく、人のため。

ゆえに汝らが勝つことが、世界の希望となる。』


「行こう。」

俺は手を伸ばした。

「世界を奪い返すんだ。」


***


翌朝。

アルディナの空に、天空城アルテ・ノウアがゆっくりと浮上する。

朝日を背に、光を浴びてその輪郭が黄金に染まる。

それを見上げる民たちの中で、子供が声を上げた。

「あれが……僕らの国の翼だ!」


その声に続くように、歓呼が起きた。

その日、アルディナは初めて“空へ還る国”として動き出した。


王都奪還。

神竜の盟約を掲げ、新たな戦いの幕が静かに上がる。

そしてその先に――ベニアスが隠していた、誰も知らない“真実”が待っていることを、

俺はまだ知らなかった。

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