第4話
モンスターの長い首がしなり、鞭のように少女の身体を薙(な)いだ。少女はぬかるんだ地を蹴ってそれを回避。モンスターの首が地面を叩いて泥が飛び散った。
「やぁぁぁぁっ」
剣を振り下ろす。
モンスターはうっとうしそうにその一撃を額で受け止めた。
ガギンッ。かたい音がして剣が止まる。腕に衝撃が響いた。
見れば、額は特にかたいウロコで覆われているらしく、傷一つ付いていない。
剣を振ってモンスターを遠ざけ緊急回避。
モンスターの首がうねり、先ほどまで少女がいた場所でモンスターが大きく牙を鳴らした。そのままそこにいたら噛みつかれていただろう。
ガチガチと口惜しそうにモンスターは牙を鳴らす。
池の中心近くの水面ではモンスターの尻尾がバチバチと水を叩いている。
「頭かたぁい」
手が少し痺れている。かたい頭部の衝撃がまだ残っていた。
剣を左手に持ち替えて右手を振る。ぐーぱーぐーぱー。よし、動く。
右手に持ち直した剣を引いて腰を落とす。左手は軽く添えるだけ。
少女の剣はほとんど我流だ。幼いころに少しだけ指導してくれた人もいたが、基礎の基礎を教わっただけ。
今まで戦ってきたモンスターはここまでの大きさではなかったし、剣で傷付かないこともなかった。
これほど大きなモンスターは初めて見る。
どうしたらいいのだろう。
モンスター自体は水中にいて、頭を出しているだけだ。胴体を叩こうにも水の向こうにあるから近付くこともできない。
しかも足場は悪く、ぬかるんでいてうまく踏み込むこともできそうになかった。
首の太さは両手で抱えるほどあるので一刀両断するにも苦労しそうだ。
その辺の大人よりも腕力に自信があるが、そんな少女とて難しいだろう。
モンスターを睨(ね)めつける。モンスターも少女を観察するように見下ろしていた。
ははあ、と少し離れたところから男が感心したように頷いた。
「レイクモンスターの類いか」
「……知ってるの?」
モンスターから目を逸らさずに尋ねる。
視界の端で男が頷くのが見える。
「名付けるならレイクワーム。ワームは虫のことじゃなくてドラゴンの一種の方。手足がない下級ドラゴンの類いだね。三対の目と長いヒゲが特徴。長さは平均で十メトレから十五メトレほど。他のドラゴンと違って火を吹いたりはしないけど牙に毒がある。ヘビみたいだね。頭部がかたくてウロコはぬめってるから刃物が通りにくい厄介さを持ってる」
一メトレはほぼ一メートルのことだ。
剣が効かないのは不利だ。少女は下唇を軽く噛む。
モンスター――レイクワームはそれをあざ笑うかのように小さく首を振った。
「あと尾の先にも毒針があるから気を付けて。有効なのは火だけど、基本的に水の中にいるから難しいねぇ。あとは……ああ、下級とはいえドラゴンだからね、顎の下に逆鱗があるよ。触らないようにしたいところだけど、こいつはその下の皮膚が特にもろいみたいだから、弱点かもしれない。逆鱗だから迂闊に触ったらとんでもなく怒るだろうけど」
顎の下に逆さに生えたウロコ――その下の皮膚。随分と簡単に言ってくれるが、そんなところに剣を刺すことができるほどの精密さを少女に求めるのは少々酷だ。
薪割りはだいたい不揃いになるし、「まぁ、なんとかなるか!」が口癖で、細かい刺繍なんてもってのほかだ。
そんな少女の大雑把さは故郷の村でも有名なほどなので。
レイクワームは顎を引いてこちらを見下ろしているので逆鱗を伺うことはできない。
男の言葉を理解しているようには見えないが、レイクワームは不愉快そうに身じろぎした。
少女は構えた姿勢のまま動けない。
男は話し終えたようで、また池より離れたところから少女とモンスターを眺めている。絶妙にレイクワームの間合いから外れているのか、モンスターは男を意識していないようだ。
牙と尾に毒。火が弱点だが水の中にいるから効きが悪い。頭はかたく、胴体のウロコも刃が通りにくい。
じっとしたままレイクワームを観察する。
さぁっと風が抜けていき、木々の葉を揺らす音だけが聞こえている。いや、ドキドキとした自分の心臓の音もよく聞こえてくるようだ。
背後で男も特に動く様子はない。
不意にレイクワームがぴくりと動いた。不思議そうに頭を傾け、ゆっくりと周囲を見渡すように首を振っている。
「……?」
ゆらゆらと揺れる首がなにかに迷うように下げられ、池のへりを探っている。頭が下がったので長いヒゲがぬかるんだ地面についた。
ひくひくと小刻みに動く二対のヒゲに加えて、四本の短い触覚が顎下からも伸びているのが見えた。それが地面に当たってわさわさと泥を掻き回す。
(……探してる……?)
もしかして、目が良くないのだろうか。六つもあるのに。
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