追放

その日、エルフリーデは朝から胸の奥が妙に静かだった。

騒がしいはずの王宮が、遠く感じる。


呼び出しは事務的だった。


「エルフリーデ・アルディア・フォン・ローゼンハイム、王の間へ」


理由は告げられない。

だが、嫌な予感だけははっきりとあった。


王の間には、必要な者だけが揃っていた。


玉座に座るのは国王、アーヴィン・アルディア・フォン・ローゼンハイム。

その右手に、第一王子レオナルト・アルディア・フォン・ローゼンハイム

左には、第一王女セラフィーナ・アルディア・フォン・ローゼンハイム


どちらも、苛立ちと不満を隠そうともしていない。


「エルフリーデ」


国王が名を呼ぶ。


「……はい」


一歩前に出て、頭を下げる。


沈黙ののち、レオナルトが書類を一束掲げた。


「第三王女エルフリーデ。お前のこれまでの行動について、報告が上がっている」


淡々と、だがどこか苛立ちを孕んだ声。


「外交文書への修正指示。地方貴族への調整文書作成。会議進行の事前整理。各部署への優先順位指定」


一枚、また一枚と紙をめくる。


「いずれも、正式な任命を受けていない行為だ」


エルフリーデは唇を噛んだ。


「それは、滞りを防ぐためで――」


「結果論だ」


即座に遮られる。


「お前が勝手に整えすぎるせいで」


レオナルトは、はっきりと不快感を滲ませた。


「こちらが“何もしていない”ように見える」


その言葉に、エルフリーデは顔を上げてしまった。


「……それは」


「違うか?」


冷たい視線。


「会議は止まらない。文官も文句を言わない。結果だけ見れば、問題はない…… だがな」


吐き捨てるように続ける。


「それは“俺たちが確認していないこと”が、勝手に進んでいるということだ」


セラフィーナが、苛立ったように扇子を鳴らす。


「そうよ。“あの子に任せておけば安心”なんて噂、聞こえてくるこっちの身にもなりなさいよ」


――ああ。


エルフリーデは、ようやく理解した。


これは王国のためではない。

自分たちの立場のためだ。


静かに、しかしはっきりと口を開く。


「……滞らせれば、よろしかったのですか?」


一瞬、空気が止まる。


「お二人が確認されるまで、書類を止め、問題が表に出るのを待てば――」


「黙れ!!」


レオナルトが声を荒げた。


「お前は、余計なことを言うな!」


セラフィーナも吐き捨てる。


「正論ぶるのもいい加減にしなさい。王女が裏で動くなんて、みっともないのよ!」


国王、アーヴィンが重く口を開いた。


「……エルフリーデ」


感情のない声。


「お前の行為は、王宮の統制を乱した。有能であることと、正当であることは別だ」


その一言で、すべてが終わった。


「このままでは、王宮は“お前がいなければ回らない”形になる。それは、王国にとって不健全だ」


――ああ。


理解した瞬間、胸の奥がすとんと冷えた。


「以上の理由により」


国王が告げる。


「第三王女エルフリーデは、王族として不適格と判断する」


「王籍を剥奪し、本日をもって国外追放とする」


静まり返る王の間。


エルフリーデは、深く頭を下げた。


「……承知、いたしました」


魂が抜けたような声だった。


怒りも、悲しみもない。

ただ、諦めだけがあった。


踵を返す。


背後で、レオナルトが小さく息を吐く。


「……ふん、雑務王女が。」


セラフィーナは、もう興味を失ったように視線を逸らしていた。


重い扉が閉まる。


その音と同時に、

エルフリーデは王女であることを終えた。

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