愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
1/5:表
「ルクレツィア・エーデルシュタイン侯爵令嬢! 貴様のように高慢な女は、俺の妃に相応しくない! よって婚約破棄とする!」
宮中舞踏会の真っただ中。
婚約者であるグレゴリオ・ド・オルテンシア王太子殿下は、私に人差し指を突き立てて宣言した。反対の腕には、麗しい少女がしなだれかかっている。
「そして、新たな婚約者はこのピア・スミスだ!」
肩で切り揃えた、ふわりと柔らかそうな桃色の髪。
愛らしい笑みを浮かべる令嬢――ピア・スミスは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
(いえ。『ご令嬢』……ではなかったわね)
ピア・スミスは平民なのだ。
近年、大陸諸国では優秀な平民を登用する流れが加速している。
我が国もまた、その潮流に取り残されまいと形ばかりの宮中女官登用制度を整えた。ピアはその制度によって、宮中に上がった女官のひとりだ。
試験成績は優秀で、執務能力も大変高いと噂である。
……そして何より、王太子殿下のご寵愛を受ける才能におそろしく長けていた。
人目を盗むように重ねられていた二人の逢瀬を、私は何度も目にしてきた。どうすることもできないことを歯がゆく思ってはいたが、まさか本当に婚約破棄に踏み切るなんて――。
「おまえはピアに悪辣な嫌がらせをしていたそうだな。俺の婚約者という立場を笠に着て、ピアを『卑しい平民』と罵り、暴力を振るってきた……!」
「そのようなこと、しておりません。そもそも私は、彼女と接触する機会自体がほとんどありませんでした」
ピアは大きな目を潤ませて私を睨みつけると、次の瞬間、殿下の胸に飛び込んだ。
「ルクレツィアさまったら、ひどい! あんなに何度もわたしをいじめたのに……!」
「よしよし。かわいいピア、泣くのはおやめ」
……殿下。
その甘ったるい声は、さすがに聞き苦しいですわ。
「グレゴリオさまぁ。だいすき……」
ピアの声もおそろしく糖度が高い。……高血糖になりそうだ。
「……しかし、殿下。平民を妃にするなど、正気の沙汰とは思えませんが?」
「ルクレツィアよ、だからお前は古いのだ! 近隣諸国では民主化が進み、優れた平民はどんどん貴族に取り立てられているじゃあないか」
……あなたが言いますか。
女性王族の継承すら認めず、男尊女卑の慣習をかたくなに守り続けている王家のあなたが。
我が国が見よう見まねで平民女官の登用制度を導入したのは、ここ数年のこと。
それも、対外的な体裁を取り繕うためだけのものだったのに。
一足飛びに平民王妃とは、まったく恐ろしい……。
(……いえ。恐ろしいのは制度以上に、この『ピア』だわ)
苦い思いで、ちらりとピアを見つめた。
いかにも頭が空っぽそうな表情をしておきながら、実際には難関の女官試験を突破している。
殿下の寵愛を得る術も、宮中での処世術も、すべて計算のうちということ。
……本当に、恐ろしい子。
「ピアは、この国の新たな時代を象徴する王妃となるのだ!」
象徴、ですか。随分と都合のよろしい言葉を覚えましたね、あなたは。
「ちなみに父上も母上も了承済みだ! むしろ『ぜひそうすべき』と祝福してくれた!」
……正気ですか。
終わっていますね、この王家。
平民をお飾り王太子妃にして、国民の人気取りに使おうという魂胆が透けて見えています。
(私が王妃になり次第、内部から立て直すつもりだったけれど。……間に合わなかったのね)
表情を消した私に、殿下はさらに続けた。
「だが、ルクレツィア。お前に温情をかけてやってもいい。お前の知能と政治的なパイプを鑑みて、側妃としてなら迎えてやらないことも――」
側妃?
参政権のない、権力を削ぎ落された妃に過ぎない。
侯爵家の影響力だけ吸い上げるための駒として、私を使おうというのね。「侮辱も大概になさい」と怒りたいのをいったん呑み込み、言葉を選んでいたそのとき――
「ええ!? そんなのダメです、グレゴリオさま!」
ピアが甲高い声を上げた。
「グレゴリオさまに他の女がいるなんて、絶対イヤ! わたし、耐えられません!!」
頬を膨らませたピアは殿下の手を握ると、自分の胸に押し当てた。
……そこまで、するのね。
「わたしがお仕事しますから。ルクレツィアさまなんて、いりません!!」
「う、うむ。だが……」
「がんばります! わたし、本気でがんばったら、すごくすごいんだから」
すごくすごいの?
……あなた本当に才女なの? と、疑いたくなる語彙力だ。
「それに、愛するグレゴリオさまのためなら、わたし、どんなことでもやります!!」
「……そうだな。よし、分かった、お前を信じよう」
なんなの、この茶番は。
「ルクレツィア。やはりお前には何の席もやらん。さっさと消えろ!」
その瞬間、ピアはにんまりと目を細め、声に出さず唇の形で告げてきた。
――『さ・よ・う・な・ら・♡』。
「……」
苦い。
あまりに苦くて、顔が歪みそうになる。
それでも私は淡々と、口をつぐんで一礼した。
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