異世界配信始めました~無自覚最強の村人、バズって勇者にされる~
@tamacco
第1話 転生、そしてカメラを拾った
目を開けた瞬間、俺は見知らぬ青空を眺めていた。
風が気持ちよく、太陽が穏やかで、草の匂いがやけにリアルだ。いや、リアルすぎる。さっきまで俺は確かに、終電を逃してコンビニの明かりを眺めながら缶コーヒーを飲んでいた。徹夜続きで頭がぼんやりしていて、そのまま心臓がズキリとした瞬間──意識が途切れた。
「……まさか、これが流行りの異世界転生ってやつ?」
そう口にしても、返事をしてくれる者はいない。ただ、鳥の鳴き声と、小川のせせらぎが聞こえるばかり。胸に手を当ててみると、鼓動はずいぶんと安定していた。少なくとも、死後の世界にしては平和すぎる。
立ち上がると、そこは見渡す限りの草原だった。遠くに森と山が見える。牧歌的で穏やかで、ゲームのチュートリアルみたいな光景だ。異世界転生ものの読みすぎかもしれないが、どうしてもそう思えてしまう。
「ええと……これ、もしかしてチート能力とかあるやつ?」
そう呟きながら手を開き、ステータス画面でも出ないかと念じてみた。でも、何も起きない。ただの空気の塊を握ってるだけだ。どうやら俺は、特別なスキルをもっていない“普通の転生者”らしい。
正直、少しガッカリした。
いや、生き返っただけでもありがたいんだけどさ。
歩き出してすぐに、小さな村が見えてきた。木造の家が並び、煙突から薄い煙が上がっている。人々の姿もある。服装は中世ヨーロッパ風、馬車が通り、子供たちが笑いながら走っている。完全にファンタジー世界だ。
「……ほんとに異世界なんだな。」
思わず呟くと、足元に光るものがあった。拾い上げてみると、それは掌に収まる銀色の筒状の物体だった。パッと見はカメラのようだ。レンズ部分に青い宝石が埋め込まれ、表面には見たことのない文様が刻まれている。だが、グリップ感やシャッターボタンまで妙に現代的だ。
「……嘘だろ。異世界でデジカメ?」
レンズを覗くと、青白い光がふわっと浮き上がった。
『こんにちは、マスター! ご主人さまの指定端末を確認しました!
精霊カメラ、ルミナスです!』
「しゃ、喋った!?」
思わずカメラを取り落としそうになった。だが、光は宙に浮いたまま俺の周りをくるりと回った。まるで子犬みたいに嬉しそうに光の尾を振っている。しかも声は明るい少女だった。
『大丈夫ですか? 驚かせてしまいましたか?』
「ああ……その、喋るカメラってよく分からなくて」
『わたしは観測と記録を担当する精霊です! 映像蓄積、配信、編集、コメント管理、スパチャ対応まで全部おまかせください!』
「……スパチャ!?」
異世界にある単語ではない。思わず耳を疑った。
『はい! 本端末の映像は“ルミナス回線”で全世界に配信できます! 現在、通信テスト中……はい、視聴者ゼロです!』
「いや、配信て! 誰に!? どこの世界に!?」
『この大陸全域、魔導ネットワークに繋がってますよ。最近、勇者や冒険者のライブ活動が人気なんです!』
思考が追いつかない。つまり、ここは「配信文化のある異世界」ってことか? しかも喋る精霊カメラ付き。
ルミナスは画面を開き、そこに俺の姿を映し出した。どう見ても普通の青年だが、服は麻布っぽくて村人そのもの。俺の顔の横には「配信開始」のカウントダウンが出ている。
「ちょ、ちょっと待て! まだ何も準備してない!」
『大丈夫です、ご主人さま。サムネイル:「転生直後の男、初配信!」いきますね!』
「勝手にタイトルつけるなあああ!」
気づいたときには、青い光が弾け、空中に魔法陣が展開された。ルミナスの声が弾んで響く。
『はいっ! ライブ配信スタート!』
すると、目の前の空中に光の小窓がいくつも浮かび始めた。コメント欄だ。
【初見です。誰これ】
【背景、異世界っぽい?】
【チュートリアル配信?】
【転生?設定がわからん!】
【村人顔かわいい】
「お、おい、もう見てる人いるの!? どこから!?」
『世界中ですよ! 今はまだチャンネル登録ゼロ人ですが、露出アルゴリズムが頑張ってます!』
……何その便利ワード。
それにしても、俺の姿がどこの誰かに見られてると思うと急に恥ずかしくなる。カメラの向こうには、どんな人がいるのか。いや、そもそも人間なのか。
「ええと……初めまして、俺は……たぶん転生者です。名前は……」
口にしかけて、はっとした。転生前の名前は「天城蓮」だった。でも、ここではもう別人として生きるべきなのかもしれない。
「……リアム、でいいか。よろしくお願いします。」
【リアムって名前っぽい!】
【転生者設定ね】
【服装ガチ村人で草】
【この画質やば、どんな魔道具?】
コメント欄がにぎやかで、なんだか放送部の生中継みたいだ。ふと視線を上げると、遠くで何かが光った。よく見ると、森の方から煙が上がっている。
「あれ……火事?」
ルミナスが警告音を鳴らした。
『魔物反応です! この辺りの安全半径を越えています!』
「う、うわっ、こんな序盤で!? 俺、武器もスキルもないのに!」
『大丈夫です、ご主人さま! ルミナスは戦闘時の自動追尾配信モードに切り替えできます!』
そんな配信モードいらないって!
しかし、村の方から悲鳴が聞こえる。どうする、逃げるか助けるか。だが、目の前のコメント欄にはこんな文字が並んでいた。
【逃げたら低評価】
【行け!】
【勇者ムーブ期待!】
【初見でバトルは伸びる】
……なんだこのプレッシャー。
「いや、俺ただの村人……」
でも、足は勝手に動いていた。村の入り口に走ると、眼前で巨大な狼が暴れていた。体長三メートルほど、牙は剣みたいだ。村人たちは怯えて家の陰に隠れている。
『種別確認。ランクC魔獣・スチールウルフです!』
「どう考えてもぶつかっちゃダメなやつ!」
『配信、視聴者数五百に到達です!』
増えるな視聴者! 手が震える。けれど、逃げる時間もない。次の瞬間、狼がこちらに跳びかかってきた。
「うわあああっ!」
衝撃。そのはずが──俺の手に持ったただの木の棒が、雷のように光った。狼は空中で逆方向に吹き飛び、地面に叩きつけられた。煙を上げて動かない。
……なに、今の。
『臨時的にマナ出力が上昇しています。ご主人さま、平均人類の一万倍ですね!』
「そんなバグみたいな出力あるか!!」
コメント欄では花吹雪のエフェクトが流れた。
【強すぎワロタ】
【今の必殺技名ください】
【無詠唱? 魔法?】
【村人(物理)】
【登録しました】
わけがわからない。でも、村人たちは歓声を上げていた。
「リアム様が助けてくれたぞ!」
「英雄だ!」
「勇者様だ!」
いや、違う。俺はただの転生村人……のつもりだったんだが。
ルミナスが弾むように言った。
『初配信、最高視聴者数一千を突破しました! チャンネル登録、八百八十二!』
「……なんでバズってんだよ!」
『この勢いなら、広告契約もいけます!』
俺の異世界生活は、この瞬間から全世界に配信されることになった。
戦うつもりも、名を上げるつもりもなかったはずなのに。
もしかすると、俺の“普通の村人ライフ”は、もう二度と戻らないのかもしれない。
──ルミナスの青い光がきらめき、画面に「ライブ終了」の文字が浮かんだ。
コメント欄の最後の一文が、しばらく脳裏にこびりついた。
【この村人、絶対ただ者じゃない】
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