前提16 彼と彼女の関係は公にされる。


 他校合同交流会の初打合せは、想像よりもずっと、事務的に進んだ。

 姉から伝え聞いた話によると、こういった集まりはグダグダになりやすいらしいのだが、そこは流石に歴史ある学校と言うべきか。

 それなりのフォーマットが用意されており、3年生の先輩方が危なげなくその通り進めているのが大きいのだろう。

 サッサと委員長・副委員長が決定し、それぞれの役割も流れ作業のように割り振られていた──のだけれども。


「えーっと、そしたら次の議題に移りまーす。今回はうちが会場だから、お客さん向け……つまり、他校生徒・教師に向けた催しが必要なんだけど」


 巨大なモニターの前で、進行役を務める先輩が、チラと俺たちの方を見た。

 ……やばい。

 俺の中の危機感知が全力で警報を鳴らす。が、時すでに遅し。

 分かってるよね? みたいな面で俺たちを二度見した先輩は、オホンとわざとらしく一息入れた。


「月之上さんと三方ヶ原くんに、そろそろ表に立ってもらおうと思うんだよね……というか、公式発表的な?」


 その一言で、空気が変わるのが良く分かった。

 わざとらしく視線が全身に突き刺さる。それに連動するように、冷や汗がにじみ出た。

 とはいえ、いつまでも顔を青くしている訳にもいかないだろう。

 この一瞬で、疑問は山のようになっていた。


「えーっと、すいません。公式発表って何をですか?」

「それはもちろん、君たち二人の相性率のことだよ。これまでの間……今もだけど、学外への拡散はNGなんだから。秘匿徹底的な?」

「え、そうだったの?」

「如何にも初耳という顔をしないでください……仮に、最初から学外へも拡散されていたら、今頃私たちはメディアにだって取り上げられていますよ」

「あー……そりゃそうか。そういうもんか……」


 95%オーバーという数字は、何も学内でトップの数字という訳ではない。

 恋愛届制度が施行されてから今に至るまで確認された、凡そあらゆるケースを凌駕する数字なのである。

 言わば、この国で最も相性の良い二人であると、俺たちは太鼓判を押されている状況なのだ。

 であれば、なるほど確かに、ここ最近はまだ、平和そのものであったと言っても良い……のかもしれない。いやンな訳ねーだろ。


「あー、ごめんごめん。そう不安にならないで。学園としてもさ、君らの安全は確保するから。安全第一的な?」

「……まあ、嫌だって言っても無理な気がするので、言いませんが。そもそも先輩にそんな権限あるんですか?」

「ある! と言いたいけどね。流石にナイナイ。だからこれは、正確に言えばわたしの発案じゃない。つまり……」

「学校側でもう決めた、決定事項ってことですか……」

「そゆこと! まあでも、先輩的にはちょうど良いんじゃないかなって思うけどね。いつまでも秘密にしておけるものじゃないし、誰かに暴かれるのだって気分は良くないんじゃない?」


 先輩の言葉には、一定以上の説得力があった。

 秘密は守るよりも、暴く方がずっと簡単だ。

 そして、暴かれた秘密というのは、好奇という名の炎に晒されやすい──早いところが、悪い意味で評判になってしまう可能性がある、ということであった。

 痛くもない腹を探られて、結果的に悪印象を植え付けられるのは、純粋に損害と言えるだろう。

 そうなる前に、いち早く自ら全てを発表した方が、無駄な心配をする必要ないというものである。

 それに──まあ、最も巨大かつ実績のある「国家恋愛届モデル校」として、面目躍如にもなるだろう。


「合理的な判断ではありますね。今以上のタイミングは、恐らくないでしょう」

「だよね。流石月夜ちゃん、話が分かる──三方ヶ原くんも、納得はできなくとも、理解は出来るという顔をしているね。重畳重畳」

「学園としても、私たちのことをPRしたいのは分かりますから」

「腐っても、恋愛届モデル校だからねぇ。君らを使った人口膾炙的な?」


 全く知らない先輩が、俺の名前を知っている。

 それはまあ、普通に考えればおかしくないことだ。

 この学園で今、俺と月之上副会長以上に有名な人間などいないのだから。

 しかし、そう考えるとだ。

 この先──つまり交流会を迎えた暁には、俺は街中で見知らぬ誰かにすら、名前を呼ばれるということになる。

 それは、シンプルに恐ろしい。

 恐ろしいが、逃げられないことも、頭ではよく理解できていた。

 だって、現状が既にそれを、証明してしまっている。


「ふー、なるほど。これで俺も、全国デビューって訳か」

「おや、珍しく前向きな発想ですね。本当に三方ヶ原くんですか?」

「喧しいな、恐怖と不快感が一周回ってアドレナリンが出てきたんだよ。見えないのか? 俺の指先が震えすぎて超振動してるのが」

「うわっ……」

「シンプルに引くのやめてね。可哀想だろ、俺が」


 今一番優しくしてほしいタイミングなんだから……と小言を溢す前に、包むように手を握る月之上副会長だった。

 触れた指先は、しかし冷たい──ああ、そうか。

 そりゃそうだ。たかが登校するだけで、気持ちを落ち着かせる必要のある彼女が、世間に公表することに関して何も思わない訳がない。

 それでも彼女は言うし、思うのだ。

 それが合理的であると。合理的であるのならば、即ちそれは、正解であるのだと。


「き、気に入らねぇ~……」

「気に入らなくとも、納得と理解はしてくれるなんて、三方ヶ原くんは良い子だねぇ。温厚篤実ってやつ?」

「え? 煽られてる? 俺は勝てそうな喧嘩なら買いますよ?」

「つまり?」

「買わないってことです。あんまり虐めるのはやめてくれますか?」

「たはーっ! 何この後輩、おもしろ!」


 マジで嬉しそうな声を上げる先輩だった。マジでシバき倒してぇ……。

 だいたい、こうやって論理的に詰められてしまったなら、俺だって嫌だ嫌だと駄々をこねても無駄だって分かるということが、分かっていただろうに。


「すげぇ断りたくなってきました。つーか冷静に考えて、俺にメリットとかないですよね? これ」

「内申には響くんじゃない? それから、有名人になったら、コネクションくらいは作れるかもよ?」

「後者はどうでも良いが、前者がネックすぎるな……」

「特待生くんは大変だねぇ」

「そこまで知られてんのかよ……」


 最近はあまり桜SNSを見ないようにしていたけれど、やはり俺の素性というのは、学園内じゃ広く共有されているらしい。

 怖すぎんだろ……と、思う一方、こうなる前の俺もそうやって、色んな情報を目にしていたことを思い出す。


「……ま、そんな君たちを見世物にすることに申し訳なさはあるけれど、それよりは面白そう、楽しそうって気持ちの方が強いかな。ちょっと自己中心的かも?」

「ちょっとどころじゃないですけどね。普通に最悪発言してる自覚ありますか?」

「たはーっ、もちろん! だからって言ってるんだよ──それじゃ、企画内容決めよっか! テーマはこの二人が映える感じで! みんなで相談しよー! いわゆる文殊の知恵的な?」


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