前提13 ケンカップルもある。



「ふぅ。やはり校舎が見えてくると、却って気が引き締まって良いですね。今日も一日頑張ろうという気になって、活力が漲ってきます!」

「それはそれで一体どういう精神構造なんだよ……」


 普通はむしろ、落ち込んだりするもんなんじゃないの? という俺の小言は、しかし月之上副会長には届かない。

 まあ、普通じゃない人だし、然もありなんか。と一人納得をする。


 桜杜駅で降ろしてもらい、ここまで歩いてきた訳だが、言葉通り、確かに進めば進むほど、彼女の足取りはしっかりとしたものになっていた。

 

「というか、何だ? この場合、注目されると緊張するとかじゃなくて、注目された場合のことを考えすぎて、勝手に緊張してたみたいな話なのか……? だとしたら馬鹿すぎるんだが」

「失礼ですよ、三方ヶ原くん。仮に私がこの場で泣き始めたら、三方ヶ原くんがどうなるか分かっているんですか?」

「カウンターが激烈過ぎない!? 一体どこでそこまでの恨みを溜めさせちゃったんだよ、俺は……」


 出会って一週間も経っていないというのに、既に俺の扱いを心得始めている月之上副会長であった。

 学習速度が速すぎる……。

 ここは、流石は優等生と言っておくとしよう。

 一年にして、副会長に抜擢された実力は伊達ではない、ということか。


 ふふ、無駄に逆らわんとこ……と卑屈なことを考えていれば、不意に妙なざわつきが耳朶を打った。

 いや、喧騒に包まれていると言えば、不本意ながら有名人となってしまった身である。そりゃもう、さっきから視線当てられまくり、ひそひそされまくりではあるのだが……そうではなく。


 正門改札を抜けてから、少しだけ進んだところで、男女が言い合いをしているようであった。


「何だ? アレ。昇降口の前で、朝から元気な人らだな……」

「あれを元気と言うべきかは悩みますが……少なくとも興奮はしているようですね」


 キュッと月之上副会長の手の力が強まる。

 自分に関係がなくとも、人と人が言い争っているところを見るのは、精神衛生上あまり良くないよな。

 足早に通り過ぎてしまおうとも思ったが、どうしたってその内容は聞こえてきてしまう。


「言ってるでしょ!? 別れましょうって! なによ54%って、基準をずっと下回ってるじゃない!」

「だから、俺の話も聞けって! 一時的に数値は下がることもあるんだって! 人と人が付き合う以上、ある程度の上下はあり得るって先生も言ってたろ!? 一時的な数値を気にしすぎなんだよ!」

「ある程度? もうこの二か月、少し上がってはグッと下がっての繰り返しじゃない! これじゃ時間の無駄よ!」


 うん、何というか、THE国家恋愛届モデル校に通う学生です! って感じの喧嘩だった。

 一度算出された相性率は、付き合っていく内に変わることはある。それは確かなことだ。

 何せここ最近、隣の副会長様が直々に、俺に教えたことなのだから。俺としても記憶に新しい。


 恋愛届というのも不思議なもので、最初に届け出が受理されれば、その後70%を切ってもある程度は関係を継続できるらしい。

 まあ、もちろん、下回り続けていれば、強制破局となるのだが。


 あのカップルは言葉通り、基準値を行ったり来たりしていたのだろう。

 それで、彼女の方が我慢できなくなったとみた。


「……因みに、月之上副会長的にはああいう言い争いって、どうなんだ? さっさと別れちまえって感じ?」

「まさか、そんなことはありませんよ。意地悪なことを言わないでください──場合や関係性によりけりなので、一概には言えませんね」

「じゃあ、大まかにはどう思うとかってのは、あるのか?」

「お互い、一度頭を冷やすべきかなとは思います。こういった場での言い争いは、何も生みませんから」

「おお、普通だ」


 本当に普通で、なおかつ真っ当な意見だった。

 こういうところでは、ぶっ飛んだ思想は顔を出さないんだよなあ。

 いや、あるいは、冷静な話し合いの場まで持ち込むと、出てくるのかもしれないが。


「ですが、ああいう場を見ると、父の言葉を思い出しますね。感情はある程度でも制御下に置かれるべきである、と」

「うお、急に強めの思想がこんにちはしてきたな。や、気持ちはわかるけどさ」


 合理、非合理という話をするならば、あのお二人の喧嘩は実に非合理的なものである。

 けれども、同時に学生らしいんじゃないかと思わなくもなかった。

 喧嘩のない青春はつまらないって、昨日読んだラノベにも書いてあったしな。


「ああやって感情をぶつけ合うのも、月之上副会長風に言うなら健全だと俺は思うけどな。だって、出会ってから別れるまで、一度も喧嘩しなかったコンビって、逆にちょっと怖いだろ」

「おや、私たちがそうなるかもしれませんよ?」

「俺たち、言い争いスタートなんですけど……」


 何なら意見の相違をあり得ない相性率の数字に破壊されただけなんですけど。

 今こうして二人で登校しているのも、いわばその数字によるものな訳だし。

 そう考えると、俺も彼らも、その数字に振り回されている被害者と、そう呼べなくもないのかなと思った。


 まあ、そんなことを言ってしまったら、月之上副会長から強烈な訂正をされそうなものなので、思うに留めるのだが。

 被害者とは聞き捨てなりませんね。殺しますよ? とか真顔で言われそう。


「……今、失礼なことを考えていませんでしたか?」

「何が? 俺は今、どうやったら世界中から争いが消えるのか、真面目に検討していたところだぜ」

「大嘘も良いところじゃないですか……」


 目が濁りきってますよ、とそれこそ聞き捨てならないことを言う月之上副会長だった。

 こいつこそ失礼すぎるだろ……! どんな立場で俺に失礼とか言ってたんだ──という疑問は、喧嘩ボルテージがマックスまで届いたらしい、二人の声によって遮られた。


「~~~っ、じゃあもういい! わかったよ。さっさと別れちまおう! こっちもずっとイラついてたんだ、せいせいするね!」

「イライラしてるのはこっちだってそうよ! 自分だけみたいに言わないでくれる!?」


 大きくなっていく二人の声は、何者にも近寄るなと威嚇しているようでもある。

 自ら虎の尾を踏みに行く必要もない。

 さっさと行ってしまおうと、そう思った。


「ほとんど勝手に届け出出したのはそっちだろ! いい迷惑だったんだ!」

「あ、貴方だってその時は了承してたじゃない!」

「はぁ!? 大体な、こっちは最初っからあそ──」

「ま、まあまあ、その辺にしとかないか?」


 そう思ったのに、あー、もう、なんでなんだろうな!?

 俺はほとんど反射的に、そう口をはさんでいた。

 いや、だって、なんかさ……。


「部外者が口出すなって思うだろうし、俺もそう思うけど──でも、すまん。それ、口に出して良いことか? 本当に、思ってたことか?」

「はぁ? なんだよアンタ!?」

「良いから、考えろ。それを言ったら、多分本当におしまいになっちゃうぞ。仮にそれが本音だとしても……傷つける為の、衝動的なものだったら、きっと明日とかに後悔するよ」

「──……っ、う、よ、余計なお世話だ!」

「余計でも良いから、考えろって。君、さっき自分で言ってたろ、数値を気にしすぎだって──それに、そっちの女子も」

「わ、私!?」


 私の味方として登場したんじゃないの!? みたいな目をする女子生徒だった。そんなわけねーだろ。

 というか、むしろ現在進行形で、俺は何をしてんだという気持ちでいっぱいである。


「相性率が何度も上下してたってことは、お互いを分かり合おうと思ったからなんじゃないのか? その歩み寄りや積み重ねを時間の無駄って言うのは、違うだろ」

「──分かったような口きかないでくれる? 何様のつもりなの?」

「や、それは俺も思うけどさ……なんていうか、互いが保とうと思った関係性を、ここで全部ゴミにしちゃうのは、もったいないんじゃないかと思って」

 

 自己満足でしかない言葉だな。と、口にしてからやっと自分の気持ちに気付く。

 そう、これは自己満足だ。心底から彼らを慮っての言葉じゃない。

 俺が、俺の為に口を挟んだのである─こんな図々しいやつではないと、自己評価してたんだけどなあ。

 そうでもなかったらしい。

 しかし、だからと言って「それじゃ!」ができる訳もなく、数瞬考えてから、全部諦めることにした。

 言っちゃったもんは仕方ない。

 俺は割と、切り替えは早いタイプの男だった。


「二か月、続いたんだろ。短くはないよ、俺たちにとっては……だから、昼とか放課後に仕切り直したら? 一時の衝動に身を任せるより、考える時間を取った後の決断の方が、どうなっても納得がいく……と、思うんだけど。ど、どう?」


 何だか一人でべらべら喋っている内に、被っていた虚勢がボロボロ解れていき、最後には声が震えだしてしまった。

 もうちょい喋ってたら敬語になってたと思う。何なら緊張で足まで震えてきたレベル。

 わ、我ながらダサすぎる……。

 そんな俺を、未だに鼻息荒い二人がじっと睨みつけてくる。


「流石、95%様は言うことが違うわね」

「皮肉のつもりか? だったらやめておけ、その呼ばれ方は結構ガチで傷つくから」

「……やーい、95パー。運命の王子様ー」

「小声で言えばセーフみたいなシステムないからね? あの、ちょっと?」

「一理は、ある。三方ヶ原の言い分もな……彩奈は?」

「……はぁ、良いわよ。賛成。放課後にでも、もう一度計測してから話しましょ。何か毒気抜かれたし。お陰で気分、二重に最悪だし」


 彩奈と呼ばれた女子生徒が、あからさまなため息を吐いて、そのまま校舎の方へと歩いて行った。

 切れたナイフみたいな女だったな、二度と関わりたくない……と思っていれば、隣に残っていた男子生徒が、こちらもため息交じりに言った。


「あー……正直、助かった。言わなくて良いことっつーか、思ってもないこと、言うとこだった」

「そりゃ良かった。放課後はもっと上手くやれよ……えーっと」

逸人いつとだ。寺津てらつ逸人。一つ上な」

「そか、じゃあな、寺津先輩。精々頑張れ」


 おう! と元気良く返事した寺津が、鞄を拾って校舎へ向かっていく。

 何だか朝からドッと疲れたな、と空を見上げれば、


「お疲れさまでした」


 なんて風に声をかけられた。

 相手は考えるまでもない。月之上副会長だ。


「ありがと……てか、悪いな。面倒ごとに首突っ込んじゃって。朝から迷惑だったろ」

「そうでもありませんよ? 恋人のかっこいいところを見れたというのは、諸々差し引いてもプラスかと」

「あ、そう。一体何が差し引かれてるのかは、聞かないでおくとするか……」


 というか別に、そもそもかっこいいところは一つも無かったように思うのだが、まあ、そこは良いか。

 深堀しても傷つくの、俺だけだし……。


「遅刻するのもアレだし、俺たちもさっさと行こうか」

「そうですね、まず強気で口を挟んだのに、徐々に語気が弱くなっていくところとかは減点ですね」

「あれ!? 俺聞かないって言ったよな!?」


 進んで傷つく趣味は俺にはないんだよ! と叫ぶ俺に、小さく楽しそうに笑う月之上副会長だった。

 いやなにわろてんねん。


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