前提7 彼には欠陥があるものとする。



 夏が近くなり、長くなってきた日も徐々に落ちてきた頃になって、ようやく杏珠の買い物ターンは終了を迎えた。

 無事、休憩前から二つほど増えた紙袋に、我が両腕はしっかり悲鳴を上げていたが、ここは泣く泣く見ないふりをすることで、二人の後をゆっくりとついていく。


 この数時間で、あの二人──杏珠と月之上副会長の親交はそれなりに深まったらしい。杏珠の喜色に満ちた声音と、時折こぼれる月之上副会長の笑い声が耳朶を叩いていた。


 まあ、時折スマホをチェックしているが。恐らく、感情指数とかいうやつを見ているのだろう。

 ちょこちょこ俺のスマホも、ポケットの中で震えている。


 両腕が埋まっている、というのもあるが、そうでなくとも確認する気は起きないな──なんてことを考えながら、駅前まで戻ってきたのだが、


「恋愛届法を撤廃しろーー!」

「感情指数は監視社会を招く一因だ!」

「自由恋愛を返せー!」

「遺伝子主義反対!!」


 うん、結構やばい感じの集まりが形成されていた!

 もう夕飯時だというのに、ご苦労様なことだなと、げんなりとした気分になる。


 この人ら、改札までの道ふさぐから邪魔なんだよな……と、ここまで言えば分かるだろうが、彼らのような集団は、別に珍しいものじゃない。

 というか良く見る。


 桜杜駅は、日本で一番有名な「国家恋愛届モデル校」である桜杜総合学園の最寄り駅だし、それに応じてかなりでかい。

 だからまあ、何というか……。

 集まりやすいのだ。こういった人たちが。


「あー……遠回りしようか」

「……嫌そうな顔で言うのですね。三方ヶ原くんは、彼らの思想に賛同しているのでは?」

「恋愛届制度の撤廃を求める会の? いやあ、どうだろうな」


 実際そう問われると、少しだけ返答に困る。

 まあ、何だ。言っていることは分かるのだ、俺も。

 自由恋愛を返せ。恋愛届制度をなくせ。なるほど、分かる。時には「それな」とすら思うだろう。


 しかし、だからと言って、賛同者であるのか? と言われれば、少なくとも答えはNOだ。

 というか、そうじゃなかったら今頃、あそこで一緒になって叫んでいることだろう。


 少なくとも、月之上副会長と一緒にいるだなんてことは、あり得ない。

 逆を言えば、今そうなっていないという事実こそが、俺のスタンスを物語っていた。


「要するに~、かなみんはどっちつかずなんだよね~」

「うっさいな。どっちかって言えば反対寄りだとは言ってるだろ。実際、アホくさいとは思ってるし」


 今この通り、面倒なことになっているし。恋愛届制度への文句はたらたらだ。

 付き合う相手は自分たちで好きに決めれば良いと、俺は普通にそう思っている。


 それに、一々感情指数だの、人の気持ちを数字にして見るというのは、末恐ろしいものを感じるというのも、また事実だ。


「ま、そうじゃなくてもさ。あの集団って良くニュースに取り上げられてるだろ。暴力問題とか、迷惑行為で。自分の意見を通すために、誰かを傷つけるってのはちょっとな……って、何だよ。そんな目丸くして。別にそんな、ビックリするようなこと言ってないだろ……」

「あ、いえ、ごめんなさい。ただ、驚いてしまって……でも、そうですね。それは何だか、とても三方ヶ原くんらしい理由です」

「日和見主義で悪かったな」

「生きやすそうで良いかと、私は思いますけどね」

「え、皮肉?」


 だとしたら結構高度な戦闘を仕掛けてきたなと思う俺だった。

 自分で言っておいてなんだが、別に考えを定めてない訳じゃないんだけどなあ。


「おい! そこの──桜杜の学生だろ! そんな、制度の犬みたいな学校通ってて恥ずかしくないのか!?」


 いっそ月之上副会長くらい、がっちりとした信念があった方が良いのかもしれない。なんてことを考え始めていたら、いきなりそんな一言が飛んできた。


 桜杜の学生なんてそこかしこにいるが、明らかにこっちを見ている。

 じわりとした緊張と共に、嫌な汗が浮いてきた。


「恋愛届制度なんてのに従うってことはなあ、心を支配されることと一緒なんだ! 何でそれが分からない!?」


 30代後半くらいだろうか。

 若いというほどでも、老いているというほどでもない男性が、こっちを指さしている。

 

「くわばらくわばら。さっさと行っちゃおう」

「だ、だね~」

「……先に行ってください」

「は? ちょっ」


 スタスタと、月之上副会長が前に出る。

 その姿は毅然としており、背中が頼もしく見えた。


「撤回してください。恋愛届制度は、心や感情を、より健全に、失敗のないように導くためのものです」


 雑然とした中でも、その声はすっきりと通った。

 お陰様で、叫んでいた男どころか、周囲の人間までこちらに注目を寄せてくる。

 男は少しだけ怯んだが、しかし、嘲るように笑った。


「導くぅ? ハッ、それが感情を数値にしてみたり、他人との相性を出す正当な理由になるのかね? 昔は脳にだってチップを埋めてたじゃあないか。結局のところ、国や政府は我々市民から自由意志を奪い、管理下に置きたいだけなんだろう!?」

「恋心を通すことで、人は多くの感情を知り、育むものなのです。喜怒哀楽だけではない、豊かな感情を持て余さないよう、使い方を間違えないよう、数値としての可視化は必要だったと思いますが?」


 思想と思想のぶつかり合いは、基本的に平行線だ。

 それも、互いの熱量が高ければ高いほど。

 ブレーキが利かずに、走り続けてしまう。

 

「その数値が、本当である証拠はどこにもないじゃあないか! 本当に、桜杜のガキは馬鹿だなあ!! すっかり洗脳済みときた!」

「必要であれば、論文から疑問への答えをピックアップしますが?」

「そんな話はしていない!! ああ、もう──」

「ま、まあまあ、落ち着いてくださいよ。ここでそんな話したって、どうこうなる話じゃないでしょ?」


 だからまあ、この手の話はさっさと止めてしまうに限る。ので、割り込んでみた訳だが。


「(こ、こえー! この人目がキマりすぎだろ! そんな充血した目で睨むのやめない!?)」


 一瞬で心が折れそうになる俺であった。

 いや怖いもんは怖いって。しゃーないだろ。

 俺は基本的に、少しだって怖いものや苦しいものは、避けておきたい人間だ。

 だけど、まあ。

 例外だってある。何事にもな。


「それに、そちらも高校生にそうやって怒鳴ってたら、世間体も悪くなっちゃうと思いますし」

「ハッ、世間体? 唯々諾々と政府が決めた事柄に、脳死で頷いているような連中の目線を、我々が気にするとでも?」

「おっ……と」


 やっべー、ミスったか?

 地雷を踏んだ訳ではなさそうだが、ここから脱する一手にはならなさそうだった。


「大体、世間体と言うならお前たちはどうなんだ? 僕たちは政府の犬ですと主張しているような制服を着て、あんな学校に通って、恥ずかしくはないのか? ああ、いや、恥ずかしくないんだったな! まったく、親の顔が見てみたい──さぞ、情も人間味もない冷たい親なんだろう!」

「あー……そうですね。死体は物言わないし、冷めてると言えば、冷めきってるかもしれません」

「は? 死体?」

「それでも見たいって言うなら、まあどうぞ。残念ながら、遺影しかありませんが」

「……チッ、もういい。気分が悪い、とっとと失せろ」


 興が冷めたというと、どうも露悪的な言い方になってしまうけれど、少なくとも怒気を抑えた男は、そのまま群衆の中へと戻っていった。


 こちらに向けられていた数多の視線も、三々五々に散っていく。

 僅かな安堵が胸に落ちてきて、ほっと息を吐いた。


 ぼ、暴力沙汰にならなくて良かった……。いやほんと、マジで。

 喧嘩になった時の勝てるビジョンが浮かばなさすぎる。


「……三方ヶ原くん」

「あ、月之上副会長。大丈夫だったか?」

「私は大丈夫なのですが、その、三方ヶ原くんは……」

「そうか、なら良かった……何だ、杏珠。そう睨んだって、俺からは何も出てこないぞ」


 強いて言うなら謝罪とかは出てくるかもしれないが。

 何故謝ってるのか分かっていないタイプの謝罪になるので、多分出さない方が良いと思う。


 そんな俺の忠告に聞く耳持つことなく、不機嫌そうに表情を歪めた杏珠は、チクチクと言葉を並べた。


「かなみん、今の可愛くない」

「可愛くないって、お前な……」

「ヤダ、嫌い、嬉しくな~い」


 ため息交じりに、杏珠が言う。

 先ほどとはまた違う緊張が、俺の胸を締め付けていた。


「ヘラヘラしながらああいうこと、言っちゃだめ。軽い言葉にしちゃったら、どんなに大切な気持ちも軽くなっちゃうよ」

「……ごめん」

「ん、よろしい~。でも今日いっぱいは許したくないから、反省しながら帰ってね~!」


 じゃ、ふくかいちょーもバイバ~イ、と打って変わってふわっと笑った杏珠は、そのまま一人で改札を抜けて行ってしまった。

 緩やかな茶髪が揺れる様を、ぼんやりと見つめて数秒。すぐに雑踏の中に消えていく。


「私たちも、帰りましょうか」

「……だな。あー、でも、う~ん……」


 腕を組み、数秒から十数秒思案する。

 気まずそうな、不思議そうな顔でこちらを伺う月之上副会長を見て、更に唸り声を上げた。


 いや、だってさ……。

 普通に、気まずいだろ。

 あと絶対に「うわこいつ複雑な過去持ち?」とか思われてるし……。


 出来れば払拭しておきたかった。

 俺の沽券の為にもな。

 だから、深呼吸を一つだけ入れて、口を開いた。


「ごめん、もうちょっとだけ付き合ってもらえたりするか? 夕飯くらいは奢るからさ」

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