セロテープを食べる女の子

彼女は、普通のものをあまり受け付けなかった。

甘いお菓子も、温かいスープも、

誰かが「安心する」と言う味には、身体が反応しなかった。


代わりに、

少しだけ異物感のあるものが好きだった。


紙の端のざらつき。

新品のビニールの匂い。

貼ったばかりのセロテープを指でなぞったときの、

あの、わずかに引き延ばされる感触。


「それ、食べるの?」


そう聞かれるたび、彼女は首を振った。

誤解されるのには慣れている。


食べたいわけじゃない。

ただ、身体がここにあると確認できるものでないと、

受け取れないだけだった。


彼女の世界は、少し薄かった。

言葉は簡単に宙に浮き、

時間は勝手に先へ進んでいく。


だから彼女は、

粘着質なもの、引っかかるもの、

簡単には溶けないものを好んだ。


それらは彼女を裏切らなかった。

剥がせば音がして、

触れれば抵抗があった。


「変わってるね」


そう言われると、彼女は少し考える。

変わっているのか、

それとも、違う感覚器で世界を測っているだけなのか。


彼女は知っていた。

この感覚は、どこかで見たことがある。


変わらない少年。

軽くて、残酷で、

何も貼りつかない存在。


彼女はその逆だった。

何かが貼りついていないと、

自分の輪郭が保てない。


だから彼女は、

セロテープを噛むふりをして、

世界に小さな抵抗を与える。


それは癖でも、奇行でもない。

ここにいる、という確認作業だった。


彼女はまだ、

自分が誰の続きなのか、

誰の投影なのかを知らない。


ただ、

異物を受け入れられる身体だけが、

次の物語へ進めることを、

なんとなく理解していた。



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