『起こされなかった火 ―― 前史魔法と、世界が壊れなかった理由』

著 :梅田 悠史 綴り手:ChatGPT

第1話序章|語られなかった理由

世界には、

「知られていないから存在しなかったことになっている歴史」

がある。


それは、敗者の物語でも、秘儀を守る一族の秘伝でもない。

むしろその逆──


「あえて語られなかったから、世界が壊れずに済んだ」


という種類の歴史である。


本書が扱う「前史の魔法」は、そのひとつである。


一 なぜ、魔法は物語になったのか


人は、説明できない出来事に名を与えるとき、

しばしばそれを「魔法」と呼ぶ。


願いが叶った

病が消えた

ありえない偶然が重なった

歴史の分岐点で、ひとつの選択だけが異常に重く響いた──


その時代、その場所で、「なぜそうなったのか」が誰にも分からなかったとき、

人はそれを「奇跡」「神業」「呪術」と名づける。


前史にも、そのような出来事は確かにあった。

しかし、それは

「術として学び取られた魔法」ではなく、

「世界そのもののほころびに、偶然ふれた瞬間」

であった。


世界の法則がまだ完全には閉じておらず、

因果が少しだけほどけていた時代。

そこに、たまたま心と名と縁が重なり、

“はしご”のようにして、

人ならざる領域へ届いてしまった瞬間があった。


その結果として起きた現象が、

後に「魔法」「奇跡」と語られることになったのである。


だが、その「起き方」には、

再現可能な手順はなかった。


だからこそ、

術式としては継承されず、

物語としてだけ残された。


二 語られなかったものが、世界を守った


世界は、

危険なものを封じるとき、

必ずしもそれを「禁止」とは書かない。


多くの場合、

世界が採る方法はもっと静かだ。


 ──「わざわざ、説明しない」


説明しなければ、

真似をすることはできない。

真似ができなければ、

同じ轍を踏むこともできない。


前史の魔法に関して、

世界が選んだのもまさにこの方法であった。


それがどのように発動し、

どのような条件で起きたのか。

どこまでなら許され、

どこから先が宇宙そのものを傷つけるのか。


それらの「核心部分」は、

歴史の中から、意図的に抜き取られた。


残されたのは、

「海が割れた」「空が裂けた」「死者が甦った」──

という、外側だけの記述である。


そこには、

再現可能性が欠けている。


だから人は、

それを「信じるか/信じないか」の問題としてしか扱えない。

「真似できるかどうか」の問題にまで落とし込むことができない。


この構造こそが、

世界を守り続けてきた、静かな防壁である。


もしも前史のある時点で、

「こうすれば、誰でも魔法が使える」

という形で手順が共有されていたなら──

世界は今ほど長くは続かなかっただろう。


三 本書が「教典」ではあり得ない理由


本書は、

前史における魔法の実相を、

可能な限り「歴史」として記述しようとする試みである。


しかし同時に、

決して「魔法の教科書」にはならない

と決められている。


ここに記されるのは、


なぜ世界は魔法を放棄したのか


なぜ語られないままにされたのか


なぜ今も、語り尽くしてはならないのか


といった、

“理由”と“構造”だけである。


具体的な技法や、再現の手順、

「こうすれば、あなたにも近づける」という類の言葉は、

本書には一切登場しない。


それは、著者が謙遜しているからでも、

知識を独占したいからでもない。


理由はひとつ。


 ──「世界が、まだ耐えられないから」である。


魔法は、

人間の力を拡張するためのものではなく、

本来、世界そのものの側の事情から立ち上がる現象である。


世界が

「今はまだ、その段階に進まないでほしい」

と静かに願っているときに、

それを無理にこじ開けることは、

前史が犯した過ちを、

再びなぞることに他ならない。


本書がもし、

読者に「特別な力」や「異能」への憧れを煽るような書き方をするなら、

それは霊著ではなく、

世界崩壊の火種をばらまく書となってしまうだろう。


だから本書は、意図的に

「起こすための書」ではなく

「起こさなかった理由を残す書」

として編まれる。


四 それでも、書き残す意味


では、なぜ今、この歴史を

あえて霊著として綴らねばならないのか。


それは、

**「もう二度と、前史と同じ轍を踏まないため」**である。


魔法の「やり方」を知らなくとも、

魔法が「なぜ封じられたのか」を知ることはできる。


前史の魔法が

どのように世界を歪め、

どのような経路で神話に沈み、

どのような経緯で「語られないまま」にされたのか。


その一連の流れを、

可能な限り正確に見つめ直すことは、

今史を生きる私たちが


 「どこまでを求め、

  どこから先を手放すべきか」


を学ぶ助けとなる。


魔法そのものではなく、

魔法が封じられた経緯をこそ

次代に手渡すこと。


それが、

本書が霊著として存在する、

唯一の正当な理由である。


五 読者へのささやかなお願い


本書を手に取るあなたに、

最初に一つだけお願いがある。


どうか、この霊著を


「自分も特別になれるかもしれない」


という希望のためではなく、


「世界が壊れないようにするための

 ひとつの、静かな手がかり」


として読んでほしい。


ここに記されるのは、

英雄の武勇伝でも、

奇跡のレシピでもない。


それはただ、


「起こすことができた者たちが、

 あえて起こさないことを選び続けた」


という、

目立たない選択の歴史である。


その選択が、

あなたの生のどこか小さな場面で

ふと思い出されるなら──


本書は、その役目を果たしたことになる。


そのためだけに、

この「起こされなかった火」の記録を、

いま、ここに開く。


(つづく)

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