第2話 遠くから見つめる視線

 写真サークルは、活動日こそ週に二回と少ないものの、部室は常に開放されていた。部員は二十名ほどで、春香先輩は二年の中でもムードメーカー的な存在だった。


 当然、俺はサークル活動に真面目に参加した。しかし、先輩への一目惚れと、本来の俺の人見知りが合わさると、どうしようもなく不器用になる。


「俺は先輩を撮りたい」という強い衝動があるにもかかわらず、レンズを向けることはできず、部室の隅で、先輩の周りにできる人の輪を、ただ遠くから見つめていることしかできなかった。


 先輩は、常に笑顔だった。


 誰に対しても分け隔てなく接し、新入生の俺たちには特に優しく、機材の使い方や、カメラの構図など、根気よく教えてくれた。誰かが小さなミスをしても、「ドンマイ!次、次!」と明るく笑い飛ばす。その笑顔を見ていると、皆が安心し、すぐに立ち直ることができた。


 その笑顔は、まさに『花笑み』。皆に春をもたらす太陽のようだった。


 ある日のこと。機材倉庫の整理中、俺は不注意で三脚を倒し、大切なレンズを床に落としてしまった。幸いにも無事だったが、俺は血の気が引いた。


「わっ、ごめん!大丈夫!?」


 すぐに駆けつけてくれたのは、もちろん春香先輩だった。俺は慌てて謝罪を口にする。


「す、すみません、俺が不注意で……弁償します!」

「大丈夫だって!割れてないし、傷もついてないよ。ほら、ちゃんと確認して?」


 先輩はレンズを受け取り、丁寧に拭いてから俺に渡してくれた。そして、いつもの、満点の『花笑み』で、俺の肩をポンと叩いた。


「一太くんは真面目すぎ!ちょっとくらい失敗したって、誰も怒らないよ。笑顔、笑顔!」


 先輩の眩しすぎる笑顔に、俺は顔を上げることができない。緊張のあまり、ろくに返事もできず「あ、ありがとうございます……」とだけ絞り出す。


(ああ、眩しい。この笑顔は、優しくて、温かくて、完璧だ……)


 だが、その時、俺の胸の中に、チクリとした小さな棘が刺さった。


(……この笑顔は、俺だけのものじゃない)


 その『花笑み』は、サークルの皆に向けられた、「佐倉春香」という先輩の役割を果たすための、優しい仮面のように感じられた。


 俺は、一歩引いた場所から、先輩の周りに咲く『花笑み』を、ただ見つめ続けることしかできなかった。


俺が恋をしたのは、あの完璧な笑顔。だが、その笑顔の裏に、何か別のものがあるのではないか、と初めて疑念を抱き始めたのは、その数日後のことだった。

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