七柱の悪魔と才なき英雄
@Rone-mearia
第一章 傲慢なる光
――森の奥に、こんな場所があるなんて。
リアムは苔と蔦に覆われた石の神殿跡を見上げ、喉を鳴らした。
獣道のさらに先、人の気配が完全に途切れた場所。
騎士見習いの訓練帰り、近道のつもりで踏み込んだ森の奥で、偶然見つけてしまった遺跡だった。
崩れかけた柱の一本に、異様なものがあった。
黄金色の欠片。
石に食い込むように埋まりながらも、まるで自ら光を放っているかのように、透き通っている。
「……嘘だろ」
胸の奥が、ざわりと波立つ。
―七大罪の悪魔の封印石。
古文書で読んだだけの、眉唾な伝承。
だが、なぜか確信があった。これは偽物じゃない。
本来なら、逃げるべきだった。
騎士見習いとして、危険な魔術遺物には近づくなと、何度も教えられてきた。
それでも。
「……少しくらい、触るだけなら……」
恐怖よりも、好奇心が勝った。
そして、もっと言えば――退屈だったのだ。
才能も家柄もない自分。
努力しても評価されない日々。
何か、決定的に自分に訪れる世界が変わる出来事を、心のどこかで待ち望んでいた。
リアムは、震える指先で黄金の欠片に触れた。
―世界が、白く染まった。
「……ふむ。やっと触れたか」
声がした。
脳内に直接響く、冷たく、澄み切った声。
「愚かなる者よ」
「――っ!?」
意識が浮遊する。
足元も、身体も、感覚がない。ただ、光の中に立たされている。
「だ、誰だ!?」
「誰だ、だと?」
嘲笑。
だが、それは下品なものではない。圧倒的な格の違いを突きつけるような、静かな嘲りだった。
「名乗る価値があると思っているのか? お前のような下等存在が」
光が収束する。
そこに立っていたのは――
純白の衣装。
白金の翼。
中性的で、息を呑むほど整った美貌。
少年とも少女ともつかないその姿は、完璧すぎて、逆に現実感がなかった。
「強いて言うなら……私は、お前の中に眠る“最も偉大で、最も美しい光”だ」
その瞳が、細められる。
値踏みするように、こちらを見下ろしていた。
リアムは、そっと呟く。
「……悪魔、か?」
「ほう」
一瞬、興味を示したように口角が上がる。
「知っているとは、少しは見所がある。そうだ、私は大悪魔:ルキエル=ソラリス」
名を告げた瞬間、空気が震えた。
「地獄の支配者だ」
―七大罪の一柱ー
全身が粟立つ。
逃げろ、という本能が悲鳴を上げている。
「お前は私を封印から解き放った。その褒美として――」
ルキエルは、楽しそうに言った。
「私は、お前で遊ぶことにした」
リアムは、困惑を隠せなかった。
「……は?」
「凡庸。無力。取るに足らない人生」
ルキエルの言葉は、ナイフのように突き刺さる。
「だが、その退屈な心臓には、英雄になりたいという愚かな渇望がある。自覚はないだろうがな」
なぜ、それを――。
「私は退屈している。だから、お前を舞台に上げてやろう」
ルキエルは翼を広げ、光の粒子を散らした。
「お前を-英雄-にしてやる。人々を魅了し、世界を震撼させる、最高の娯楽だ」
「ふざけるな……!」
反射的に叫ぶ。
「勝手に俺の人生を――」
「契約だ!!」
言葉を遮るように、威圧が叩きつけられる。
「勘違いするな、契約とは常に力を持つ者が決めるもの」
ルキエルは、リアムの胸元を指差した。
「代償は、お前の未来。私の気まぐれが続く限り、お前は私の“期待”に応え続けろ」
「……拒否権は?」
「あると思うか?」
絶望的な問いに、答えは最初から決まっていた。
次の瞬間。
心臓を、灼熱の光が貫いた。
「――ッ!!」
叫ぶ暇すらなかった。
胸に焼き付く、黄金の紋章。
欠片は消え、代わりに、何かが流れ込んでくる。
視界が、鮮明になる。
世界の構造が、手に取るように理解できる。
(……何だ、これ)
自信。
確信。
そして、根拠のないはずの優越感。
「それが私の力だ、リアム」
満足げな声。
「カリスマ。洞察。精神の支配」
ルキエルは嗤った。
「まずは、その無様な生き様を修正しろ。お前を見下してきた連中を、逆に見下すのだ」
光が、遠ざかっていく。
「さあ、第一幕の始まりだ」
最後に、囁きが残った。
「期待しているぞ。私の道具」
神殿の中で、リアムは一人、膝をついていた。
心臓が、熱い。
だが、恐怖よりも先に湧き上がってきたのは―
「……本当に、世界が変わった気がする」
それが、地獄への第一歩だとも知らずに。
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