第2話 同じクラスの天使
それから一年。
彼女と話すことも、もう一度近くで見ることもないまま、一年が過ぎた。
同じ学校にいるのは、わかっている
廊下の向こう、集会のときの体育館の向こう。
時々、遠くに「あ、たぶんあの子だ」と思うシルエットを見かけることはあった。
でも、それだけ。
向こうは僕の存在なんて知らない。
そういう距離感のまま、一年が終わった。
そして、今。
「はぁ……」
二年二組と書かれたプレートを見上げながら、僕は小さくため息をついた。
「よし」
自分を誤魔化すみたいに呟いて、ドアを開ける。
教室の中は、新しい席と新しい空気の匂いがした。
「おーい、遼!」
すぐに、聞き慣れた声が飛んでくる。
アニメのキャラがプリントされたキーホルダーをぶら下げている男子─近藤 智也
同じオタク仲間で、よく一緒にゲームをしている。
「席、前後な! 運命じゃね?」
「運命の使い方、安すぎない?」
そう言いつつも、内心ちょっとホッとする。
僕の席は、教室の中央より少し後ろ。
前過ぎず、後ろ過ぎず、ちょうどいい影のポジションだ。
カバンをおろしながら、周りをさりげなく見回す。
一年のとき同じクラスだった子
名前だけ知ってる子
明るそうな女子グループの中心になりそうな子。
黒板の端には、クラスメイト全員の名前が書かれていた。
その中に、見慣れた名前があった。
羽鳥 みゆ。
その字面を見た瞬間、
胸のどこかが小さく跳ねた。
この学校で知らないやつはいない名前だ。
超美人。
スタイル抜群。
身長170センチ。
芸能事務所所属の中学生モデル。
地元の駅前ポスター。
ショッピングモールのイベント告知。
雑誌の端っこの小さなカット。
そこに載っている女の子の名前が、
黒板の自分のクラスの欄に書かれている。
(……同じクラス、なんだ)
ごくり、と喉が鳴った。
その時、教室のドアがもう一度開く。
ふわり、と空気が変わる。
長い髪。
すっと伸びた背中。
男子より頭一つ分高い、細くて長い脚。
羽鳥みゆが教室に入ってきた。
その場にいる全員の視線が、一気に吸い寄せられる。
彼女は特別なオーラをまとっているわけじゃない。
ただ、立っているだけで様になる、って感じだった。
「はい、注目」
「とりあえずみんなで自己紹介しといて」
担任は職員室に向かった
「羽鳥みゆです。一年のときは一組でした。二年も、よろしくお願いします」
声は、落ち着いていた。
無駄に明るくもなく、ぶっきらぼうでもない。
でも、教室の空気をまっすぐ突き抜けていく感じがした。
「本物だ……」「やば……」
前の方から、小さな囁きが漏れる。
席は前の方。
僕とは少し距離がある。
それでも、
「同じ空間にいる」というだけで、心臓が落ち着かない。
(いやいや、関係ないし)
顔面偏差値、身長、スタイル、人気、存在
全部ひっくるめて、別世界の住人だ。
こっちは、背が低くて太ってて、何をやらせても「普通」。
ゲームとアニメが好きな、ただのインキャ。
接点なんか、あるはずない。
自分にそう言い聞かせながら、
胸の中で騒ぐ何かを、必死に押さえ込んだ。
始業式が終わり、自己紹介も一通り済んだ昼休み。
「なぁ、遼」
近藤が机を寄せてきた。
「何」
「羽鳥さん、やっぱ真の“概念”だな。あれはキャラデザイン間違えてるレベル」
「語彙力どこやった」
そうツッコみながらも、否定はできない。
「一年のとき、隣のクラスだったんだよな?」
「みたいだね」
「なんで同じ学校に天使がいるんだろうな……イベントのポスターで見たときびびったわ」
そう。
羽鳥みゆは、この学校ではすでに有名人だった。
女子には優しくて、友達も多い。
男子には、けっこう塩対応。
付き合ってほしいと告白した男子が何人かいた、でも全部断られたらしい
そんな噂も、廊下を歩いていれば自然と耳に入ってくる。
男嫌い、という言葉までくっついていた。
(うん……僕には、関係ない話)
どう頑張っても、僕が告白するターンなんて来ない。
「そういやさ」
近藤が、ふと思い出したように言った。
「今日のホームルームで、委員会決めるらしいぞ」
「あー……」
そうだった。
委員会。
適当に、面倒くさくなさそうなのになれればいい。
(だが、やるなら放送委員がいいな)
マイクの前で、原稿を読む役目。
顔は出ない。
でも、声は学校中に流れる。
僕には、誰にも言っていない秘密がある。
夜、こっそりスマホと中古の安いマイクをつないで、ゲーム実況をしている。
配信サイトの片隅で、細々と。
視聴者は多くないけど、「声が落ち着く」とか「聞き取りやすい」とか言われると、
画面の前でこっそりニヤけてしまう。
それは、家族にも友達にも言っていない。
バレたら気まずすぎて、即チャンネル消すレベルの黒歴史候補だ。
(……放送委員なら、ちょっとは役に立てるかもしれないけど)
そう思う一方で、「目立つのは嫌だ」という気持ちも強い。
(まぁ、立候補とかはしないでいいか)
もし決まらなければ、別の委員会に流れるだけだ。
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