2.血の匂い


「お手柄だったな。吸血鬼ラミア殺し」

 灰色の冷たい目が、苦々しい、と言っている。


「どうも」


 素知そしらぬ顔で、使用人が運んできた報酬を受け取った。


 シャラリ、と袋の中で金貨が鳴った。



 今回の依頼人はこの地方の大領主。


____夜な夜な人が襲われている。

吸血鬼ラミアかも知れない。退治してくれ、と。


 まあ、そういうたぐいの悪行は8割方、たちの悪い盗賊や山賊の仕業なのだけれど。


 今回は大当たりビンゴだった。


「その娘は?」


 領主は、僕の服の裾をギュッとつかんで離さない幼子を見た。


「ああ、この子」


 僕は幼子の頭をちょいとつついた。



彼女は全く反応を示さなかった。



 ただ、僕の後ろに隠れるようにして、

 虚ろな視線を豪奢なカーペットが敷かれた床に向けている。


「まさか……その娘も半吸血鬼ダンピールか」

「違うと思いますよ。拾い子です」


 声にひそむ嫌悪感。それに気づけないほど鈍感ではないけれど、軽く答える。

 茶化したような僕の物言いに、領主は眉をひそめた。


「昨夜の任務で救出しました。この領地の子ですよね?でしたら____」

「知らん。教会側で対応しろ」


 冷たい言葉が、僕の声をさえぎった。


「………」

…最近は、こんなヤツらばっかりだ。


「用はもう済んだろう」


 彼は、早く行けと言うように手を振った。


 問うてきたのはそっちだろう、なんて、思わなかった訳では無いけれど。

 僕は優雅に一礼して応接間を出た。



-*-



 天気のいい日になりそうだった。


 強くなってきた朝日と、人目を避けるため、

黒外套のフードを目深に被りなおす。


「…さて、困ったな」


 幼子は、やはり虚ろな目でくうを見つめていた。


「キミは、一体どこの子なのかな?」


 しゃがみ込んで問えば、ゆるゆるとその視線がこちらを向いた。


「……わかんない」


 今にも消えてしまいそうな、か細い声が少女の唇からこぼれた。


「うーん。お父さんとお母さんは?」


 …反応は無い。


「…教えてくれないと、帰れないよ?」

「教えたら、帰してくれる?」


 お、まともな反応。


「うん、帰す帰す」


 さあ、教えて。とうながせば、

 彼女の指がためらうように揺れ、1つの方向を指さした。



「あっち」


「あっちね、よーし分かった行こう行こう」


 やっとまともな意思疎通コミュニケーションが取れたことに安堵して。

 僕は彼女の手を引いて、その指が示す方向へ歩き始めた。



-*-



 早朝の村を抜け、ひとつの通りに差しかかる。


 唐突に彼女の足が早まった。


 通りの向こう、村はずれの森にほど近い家の前に、大きな人だかりが出来ていた。


「ひっでえな、こりゃあ」

「嫌だ、また出たの…?」




_____ほのかにただう血の匂い。




「待って」


 駆け出そうとしていた少女の腕を、つかんで引き止めた。



「どうして?」


 少女の瞳に、色が戻っていた。


 切羽詰まったその瞳が言っている。


あそこに行けば、父と母がいるのだと。

昨日と同じ笑顔で、

何事も無かったように出迎えてくれるのだと。



「ごめん、やっぱり帰せない」

「だって、帰してくれるって言った…!」


「……ごめんね」


 ひょい、と彼女を抱え上げる。


「はなして…っ!」


 小さな身体をばたつかせ、彼女は力いっぱい抵抗した。


「見ない方が、良い」


低く、呟く。

 少女の身体が硬直した。




見ない方がいい。

みにくく喰い荒らされた、両親の死姿なんて。




 強ばった細い喉から、小さくしゃくり上げる音がした。


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