生きる③

 今回の一件で竜也は、自分が恵まれていたことをよく噛み締めていた。喧嘩になった時に暴力を振るった方が必ず悪くなるという、セオリーで縛ろうとしていた大人達は、味方をしてくれた人達のおかげでなんとかなったのだ。しかし、竜也は考えた。いずれは一人で戦わなくてはいけないのだなと。

 結構、竜也はM小学校を転校し、H小学校に転入した。

 そこで新しい仲間と共に学校生活を送る、ことはせずに保健室登校を選んだ。竜也は、どうしても誰かとつるむことを拒絶していまうことを悩んでいた。


 今回の騒動で竜也が一番ショックを受けたのが両親の絶縁宣言だった。側から見れば、そんな人間と一緒に暮らせば駄目になるから、それはいいことでは無いかと思うだろう。しかし、やはり、竜也にとってこの二人は親だ。血が繋がっているからこそ、竜也は何処かで期待していた。

 両親が出した結論は、竜也との絶縁だ。つまり、自分達の言う事を聞かない人間なんかいらないと言うことだ。

 「おい、今回は竜也が悪い訳では無いだろ」

 慎太郎は、竜也の為に食ってかかる。

 話し合いの場には、竜也、父、母、慎太郎の四人が居た。この話し合いを設けたのは両親で、これからのことについて話をする為に、竜也と慎太郎を呼んだ。あまり良い話だとは思っていなかった竜也は、それなりの覚悟をしていたつもりであった。が、絶縁宣言は予想外で、竜也は強い衝撃を受けていた。

 「親の言うことを聞かない人間は、もうウチの子供じゃ無い」

 竜也の父は冷たく言い放った。

 話合いの場は自宅の居間で、座席にあるテーブルを挟んでの話し合いなのだが、竜也と慎太郎に対して向かいには父と母が座っている。たったこれだけなのに、二人とは距離感があるように竜也は感じた。

 父に続いて、

 「あんなことをするなんて、人間の恥よ。小坂君達を見習いなさいよ。あの後、あなたが謝罪すれば許すって言っているの。謝るのなら私達も許してあげてもいいわ」

 と、竜也の母は言い放つ。

 不思議なもので、子供は親に逆えないと言われるが竜也も例には漏れず、あぁ、謝罪すれば楽になるのだなと、この二人に飲まれそうになった。

 「わかった。だったら俺が育てる」

 そう言ったのは、慎太郎だった。彼はかなり怒っているように見える。けれども、内にある怒りをなんとか理性で抑えているようだ。

 もしも、この話合いに一人で臨んでいたら竜也は潰されていただろう。しかし、彼は一人ではなかったのだ。

 竜也の両親は、二人とも戸惑った様子を見せた。

 竜也はこの家の中で一番、立場が低い。だから、両親は彼は自分達に逆らえないだろうと高を括っていた。だから、二人は今回の騒動は、竜也が謝罪して丸く収まると考えていた。しかし、その思惑は慎太郎によって打ち砕かれてしまう。

 慎太郎は続ける。

 「竜也は、お前らの子じゃ無いんだろ。なら俺が育てても文句はないだろ」

 「いや、そう言う意味じゃ•••」

 たじろぐ竜也の父に慎太郎は、畳み掛けた。

 「じゃあ何なんだ。黙って聞いていれば良い気になりやがって。本当ならテメェらをぶん殴りたいところを我慢してやってんだ。俺はお前らと違って大人だからな。俺が育てる。俺が親権を貰う」

 「•••」

 「いいよな」

 観念した竜也の父は舌打ちし、黙って頷いた。隣の竜也の母はかなり狼狽えている。

 「竜也、お前はどうする。俺のところに来るか。それとも、ここに残るか」

 「残らない。着いてく」

 「わかった。だったら準備してこい」

 そう言われた竜也は自室がある二階に上がり、自分の荷物をまとめる。竜也の両親はオモチャ類を買い与えることはしなかったので、荷物は少量の衣類と学校で使う道具だけになった。皮肉な事に、荷物は重くならずに済んだ。

 荷物をまとめて階段を降り、居間に戻ると三人はただ黙っていた。竜也の父と母は目線を下に向けている。

 竜也を見た慎太郎は、明るい声で

 「おお、来たか。じゃあ、行くか」

 と言った。

 「うん」

 竜也は今日で自宅を去る事になる。祖父の慎太郎がこれから竜也の保護者になり、今までの生活はガラリと変わるのだ。

 結局、竜也の両親は見送りには来なかった。当たり前ではあるが。

 やはり、竜也にとっての唯一の肉親である。心の何処かに何かが引っかかるような煩わしさを感じた竜也は、悲しくなり涙を流した。それを見た慎太郎は何も言わず、竜也の肩を軽く叩き車に乗せた。

 

 祖父が知り合いの漁師に頼んでその人の漁に同行している内に、竜也は落ち着きを取り戻していった。わざわざ時化の日を選んで漁に出るものだから、竜也には落ち込んでいる暇などなかったのだ。大きく揺れる船の上は当然、危険だ。死にたくなかったら、早く漁を終わらせろと言うことである。

 強引なやり方ではあったが、長期間、命の危険を晒された結果、一週間で復学できた。

 慎太郎は豪快に笑いながら、

 「お前が落ち込んでいるのを見てな、すぐに漁師の知り合いに連絡したんだよ。俺の孫が今にも死にそうな顔をしてるから、どうにかしてくれってな。そしたら引き受けてくれてな。よかったな、竜也。元気出ただろ、ガハハ」

 と竜也に教えたものだが、竜也自身は全く笑えはしなかった。


 

 竜也は文学に興味を持っており、だから、図書室で本を借りて読むことを楽しみにしていた。

 初めて図書室を利用した折に、一際目立つ女子生徒が本を物色しているところに遭遇した。

 彼女の靴を見ると、二年生の生徒だというのが分かる。

 見た目は田舎のヤンキーそのものであるが、かなりの美形であり竜也の好みであった。後から友人に聞いた話によると、彼女の名前は早坂舞で八戸市で有名なハヤサカ水産の社長の一人娘だそうな。それを聞いた瞬間に、竜也は自分の初恋が終わってしまったと感じた。家柄にある差が余りにも大きすぎると感じたからだ。

 「なんだ、竜也、狙っていたのか」

 「いや、そういう訳じゃない。けど、気になって」

 そんなやり取りをした数日後、竜也と舞は意外なところで接点を持つことになる。


 磯崎荘に下宿している長澤智という学生が居た。彼は、工業大学に卓球の推薦を貰い、日々厳しい練習をこなしている。更に、同学の恋人もいて、見知り程度であるが竜也もその恋人のことを知っていた。彼女はかなりの美人で、竜也自身、自分には一生縁が無い世界だなと思っていた。

 

 寮の食堂は、外から台所が見える作りになっている。

 竜也が寮の仕事の一環として、夕飯を作っている折に智が、

 「ちょっといいかな」

 と、話しかけて来た。

 「竜、行ってこい」

 「うん」

 慎太郎は仕事に厳しく、こういった時は仕事の後に行かせるような人間なのだが、不思議に思いつつ、竜也は智について行った。

 テーブル席に行くと智の恋人と、もう一人竜也と同い年くらいの少女が座っていた。彼女は智の恋人と楽しそうに談話している。

 「二人共」

 智は二人に話しかけ、二人は智に目線を向けた。

 「美来はもう知ってると思うけど、彼が噂の竜也君」

 美来と呼ばれた彼女は竜也を見ると、

 「自己紹介は初めてだよね。美来と言います」

 「竜也です」

 二人は軽く挨拶を交わした。

 そして、美来の隣に座っていた少女は機嫌が悪いのだろうか、ソッポを向いている。しかし、竜也は彼女の事をどこかで見たような気がしていた。

 「ほら、舞ちゃん」

 「•••」

 彼女は黙ったまま動かずにいる。

 美来は、

 「ごめんなさい、この子、この見た目でかなりの人見知りで」

 「はぁ」

 ここで、改まって美来は話を切り出した。

 「それで、竜也君にお願いがあってね。この子をここで働かせて欲しいの」

 そこで、竜也は彼女に対する既視感の謎を解くことが出来た。彼女は、竜也の学校の一つ上の先輩にあたる、早坂舞本人だ。しかしながら、未来の言う通り、舞の人見知りは相当なものである。彼女は竜也を一瞥し、目が合うだけで目を逸らしてしまった。

 実は、慎太郎は智から既に話を聞いており、竜也が良ければという話になり、このような流れになったとのこと。だから、竜也を行かせたのだ。竜也にまかせると。

 「わかりました。よろしくお願いします」


 ということで引き受けたはいいが、なにぶん会話が少ない。

 ただ、竜也にしてみれば舞とお近づきになる絶好の良い機会である。しかし、彼女の人見知りは竜也が想像していたものよりも深刻で、会話が中々続かない。それでも、毎日顔を合わせる度に、少しずつ彼女は慣れていった。

 彼女と一緒に働き始めてから半年が経った。彼女から竜也に話しかけることが多くなり、竜也はそれが素直に嬉しいと感じていた。

 ある日、早朝の仕事を一緒にしている時に気になっていたことがあって竜也は舞に尋ねた。

 「早坂先輩は、俺のこと知ってましたか」

 「うん。どっかで見たことがあるなって」

 「図書室でしょう」

 「そう。なんか私のこと見てるなーって。なんで私のことを見てたの」

 と、逆に意地悪そうな笑顔で舞は竜也に聞き返す。

 と胸を突かれたような不意打ちを受けた竜也は、その問いに答えることが出来ずにいた。しどろもどろする竜也は、戸惑っている様子である。

 その様子を見た舞は、

 「え、」

 っと言って見る見るうちに赤面し始める。

 「さあ、片付けましょう」

 「うん、そうだね。変なことを聞いてごめんね」

 なんともいえない雰囲気が二人を包んでいた。気まずいと言えばいいのだろうか。けれどもなんとなく心地よい。それと同時に、自分が抱えていた恋心が、確かなものになったことを竜也は感じていた。


 磯崎荘の食堂は呼ばれたら取りに行くスタイルだったが、舞が加わったことによりそのスタイルは辞めて、舞をウェイトレス係にしようとなった。つまり、舞に注文をとらせて、できた料理を運ばせようということである。これには舞の極度の人見知りを改善するという目的があった。

 初めのうちはぎこちなく、注文を間違えたり途中でパニックになっていたが、竜也達や学生の助けもあって今は普通に仕事をこなしていた。この作戦は功を奏して、舞の人見知りは完全ではなかったが、かなりマシになった。

 笑顔も増え、自然になった。彼女は寮ではすっかり人気ものだ。

 竜也が台所に立っていたとこに、美来に話しかけられた。

 「竜也君」

 手招きされた竜也は、美来の方に行く。

 「竜也君、ありがとうね。あの子、かなり良くなったよ」

 美来は嬉しそうに竜也に礼を言った。竜也は美来から食べ終わった食器を受け取り、それを流しに置く。

 「それはよかったです」

 「そんなことより、どうなの」

 「何がですか」

 「あの子と良い感じなの」

 友人同士ならやめろよ、と度付き合うところである。しかし、竜也にはもっと言ってほしいなという希望があった。

 しどろもどろになる竜也を微笑ましく眺める美来はどこか嬉しそうに、

 「あの子をよろしくね」

 と言って、その場を立ち去った。

 

 

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