第3話 役割の逆転

 二週間後、文化祭が目前に迫った頃、学校全体に緊張が走った。生徒会会長である遥人先輩が、過労とストレスで倒れたのだ。


 彼の入院は、文化祭の準備に大きな混乱を招いた。「完璧な青山先輩が…」「やっぱり無理してたんだ」という心配の声に混じって、「頼りにならない」という批判も聞こえ始めた。


 私は、彼の机に置かれていた、彼の完璧なスケジュール表を見た。分刻みの生徒会・部活の予定の合間に、「父との面談」「進路資料作成」という文字が、赤くマーキングされていた。彼の完璧さは、彼自身の夢のためではなく、「誰かの期待」に応えるための仮面だったのだ。


 病室で、やつれた遥人先輩は、私の顔を見るなり、目線をそらした。


「見ないでくれ、佐藤さん。こんな、弱っている僕なんか…」


 彼は目を閉じ、小さな声で言った。


「僕は、完璧でなきゃ意味がないんだ。父さんにとって、完璧な優等生でいなきゃ…ここにいる価値がない」


 私は、彼の細い手にそっと触れた。


「先輩…先輩が私にしてくれたこと、覚えてますか?」


「あのキーホルダーのことか?大したことじゃない」


「いいえ。あの時、先輩は『完璧な人なんていない』って言ってくれました。あの言葉が、私を救ってくれたんです」


 私は深呼吸をして、はっきりと伝えた。


「皆が頼りにしているのは、完璧な青山遥人じゃありません。皆を助けてくれる、優しくて一生懸命な先輩です。完璧じゃなくても、少し弱くても、私にとっては、命の恩人みたいに大切なヒーローなんです!」


 私は彼の目をまっすぐ見て訴えた。


「今度は、私が先輩のヒーローになりたいんです。だから、今は休んでください。皆のことは、任せてください」


 彼から漏れたのは、嗚咽のような小さな声だった。彼は、誰にも見せなかった「弱さ」を、初めて私に見せてくれた。私の献身は、彼が抱えていた家族からの重圧という「鎖」を、初めて緩めることができたのだ。

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