第28話 栄枯

 DHTSの女子寮では、静かな、しかし劇的な革命が起きていた。


 かつて、その美貌と実家の財力、そして圧倒的なカリスマで頂点に君臨していた女王、皇カガリ。

 彼女の周囲には常に称賛と羨望の眼差しがあり、彼女の一言は絶対のルールだった。

 だが、その黄金の時代は、唐突に終わりを告げた。


「ねえねえ、聖さん! さっきの魔法、どうやったの?」

「私にも『エボル』のこと、詳しく教えてくれない?」

「今度、コツを教えてよ!」


 校舎ロビーの中央、人々の輪の中心にいるのは、かつての女王ではない。

 先日まで「いじめてもいい存在」として認識され、無視され続けていた少女、聖マヤだ。

 深紅の瞳を輝かせ、自信に満ちた笑みを浮かべる彼女は、今やDHTSの新しい象徴となっていた。


 一方、教室の隅で、皇カガリは一人、青ざめた顔で携帯端末の画面を見つめていた。

 画面に表示されているのは、経済ニュースのチャートだ。


【皇魔導商会、株価大暴落。ストップ安の連鎖止まらず】

【『エボル』の登場により、魔導具産業に激震。投資家は人体拡張技術へシフトか】


「嘘ですわ・・・・・・こんな、こんなことが・・・・・・」

 カガリの指が震える。


 皇魔導商会は、魔石を燃料とする高性能な魔導具の開発で財を成した。

 道具さえあれば誰でも魔法が使える。それが彼らの売りだった。


 だが、研究所が発表した『エボル』は、その前提を根底から覆した。

 薬一つで、生身の人間が魔法を使えるようになるのだ。

 高価で、メンテナンスの手間がかかる魔導具など、もはや時代遅れの遺物となりつつあった。


「あら、皇さん。まだそんな旧式の端末を使っているの?」

 取り巻きだったはずの女子生徒が、冷ややかな視線をカガリに向けた。


 かつてなら、すぐに別の生徒がカガリを擁護しただろう。

 だが今は、誰も彼女を庇おうとはしない。


「落ちぶれたもんだねぇ」

「実家が破産寸前って噂だよ」

「じゃあ、もうあんな高飛車な態度とれないじゃん」


 陰口は、もはや隠そうともしない嘲笑へと変わっていた。

 カガリは唇を噛み締め、扇子を握りしめた。だが、言い返す言葉が見つからない。


 教室のドアが開き、聖マヤが入ってきた。

 研究員たちに囲まれ、まるでスターのような登場だ。


 カガリは反射的に顔を上げ、マヤを睨みつけた。

 全ては、この女のせいだ。この女さえいなければ。


「聖・・・・・・!」

 カガリは低い声で唸り、マヤの視界に入ろうと立ち上がった。


 罵倒でも、嫌味でもいい。

 何らかの反応を引き出し、自分の存在を認めさせなければ、プライドが保てなかった。


 だが。

 マヤは、カガリの横を通り過ぎた。

 視線を向けることすらなかった。


 まるで、そこに道端の石ころがあるかのように。

 あるいは、最初から誰もいないかのように。


 かつて、カガリがマヤに対して行っていた「無視」。

 それを、今度はマヤが、圧倒的な強者の余裕をもって行っていたのだ。


「・・・・・・っ!」

 カガリはその場に崩れ落ちそうになった。

 怒りよりも先に、惨めさがこみ上げる。


 立場は完全に逆転した。

 今の自分は、聖マヤの視界に入る価値すらない、過去の遺物なのだ。




 午後、実戦訓練。

 ダンジョン浅層域へのゲート前で、秋津トウコがチーム編成を発表していた。


 そこに、マヤが手を挙げた。

「教官。私、天峰くんのチームに入ります」

「え? でも聖さん、あなたは特別枠で・・・・・・」


「『エヴォルバー』の実力を実戦で見せるには、最強のチームに入るのが一番でしょう? それに、天峰くんとは息も合いますから」

 マヤは強引に押し切り、天峰ユウキの隣に立った。


 ユウキのチームは、天峰ユウキ、氷室ルナ、九十九ショウジ、猫屋敷アサリの四人編成だ。

 そこにマヤが加わることで、異例の五人チームとなった。


「よろしくね、天峰くん。私が守ってあげる」

 マヤはユウキの腕に絡みついた。


 その様子を、ルナが無表情に見つめ、アサリが警戒心を露わにする。


 訓練が始まると、そこはマヤの独壇場だった。

「邪魔よ」

 マヤが指先を振るうだけで、襲い来るゴブリンたちが弾き飛ばされる。


 銃を構えれば、放たれた赤い弾丸が生き物のように敵を追尾し、急所を貫く。

 他のメンバーが武器を構える暇すらなかった。


「すごい・・・・・・これが、エヴォルバーの力・・・・・・」

 後方からついてくる他の生徒たちが、畏怖と憧憬の声を漏らす。


 だが、ユウキの表情は険しかった。

 マヤの戦い方は、あまりに危うい。

 その肌は興奮で紅潮している。


「聖、少しペースを落とせ」

 ユウキが忠告するが、マヤは聞く耳を持たない。

「大丈夫よ。力が溢れてくるの。もっと、もっといけるわ!」


 その時だった。

 地響きと共に、森の木々がなぎ倒された。


 現れたのは、浅層域にはいるはずのない大型魔獣、オーガだった。

 しかも、通常の個体ではない。全身から赤黒い瘴気を放つ、変異種だ。


「グオオオオオオッ!」


 オーガの咆哮が空気を震わせる。


 その殺気立った視線が、真っ直ぐにユウキを捉えた。

 魔素に愛された少年。その質の高い魔素に惹かれたのだ。


「天峰、危ない!」

 九十九が叫び、ライフルを構える。ルナが剣を抜いて走り出す。


 だが、オーガの反応速度は異常に速かった。

 巨大な棍棒が、ユウキの頭上へと振り下ろされる。


 防護スーツの性能でも、直撃すれば即死は免れない。

 ユウキが回避行動をとろうとした、その刹那。


「天峰くんに、触るなァアアアッ!!」

 裂帛の気合いと共に、マヤが二人の間に割って入った。


 彼女は両手を広げ、目に見えない膨大なエネルギーを解放した。


 ドォォォォォン!!


 衝撃波が炸裂し、オーガの巨体がまるで紙屑のように吹き飛ばされた。


 数トンの質量を持つ魔獣が、宙を舞い、背後の大木に激突して絶命する。

 圧倒的な破壊力。魔法というよりは、純粋な魔力の暴発に近い。


 森が静まり返る。

 生徒たちは、あまりの光景に言葉を失っていた。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 マヤが肩を激しく上下させ、その場に膝をついた。

 全身から湯気が立ち上り、防護スーツ越しでもわかるほど、彼女の体は小刻みに震えていた。


「聖!」

 ユウキが駆け寄り、彼女を支える。


 マヤが顔を上げた。

 その深紅の瞳は、興奮で見開かれているものの、焦点が定まっていないように見えた。

 鼻から、ツーと一筋の鼻血が流れている。


「見た・・・・・・? 天峰くん・・・・・・私、守れた・・・・・・守れたよ・・・・・・」

「ああ、助かった。だが、無茶をしすぎだ」

 ユウキは彼女の体を支えながら、言い知れぬ不安を感じていた。


 マヤの体温が、異常に高い。

 まるで、内側から燃えているようだ。


 これが『エボル』の代償なのか。

 栄光の光が強ければ強いほど、その足元に伸びる影は、より濃く、深く広がっていくようだった。


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