第8話

「ん、なんだオマエ? 邪魔だ、どけっ!」

 その戦士風の男はそう言って、ほいっぷるん♪を押しのける。


「なにをする!」

 スティールハートはそう叫ぶと、ほいっぷるん♪の身体を支えた。


「いいか、この村からイグニスドラコ迷宮にかけての一帯は俺達アイアンボンドの縄張りだ。ここでは俺達がルールなんだよ。命が惜しいならとっとと出ていって二度と戻って来るな!」


 戦士風の男は啖呵を切った。


「……ほぅ、では村の外に行ってそのルールとやらを教えてもらおうか」

 シャドウブレイドが静かに言った。


「あーん、なんだ姉ちゃん……げぇっ! シャッ、シャドウブレイド! ……さん」

 戦士風の男は凄んで脅そうとしていたが、シャドウブレイドの姿を認めて急にトーンダウンした。


「……ったく、このクランもずいぶんと腐ってしまったな。元メンバーとしては恥ずかしい限りだ」

 シャドウブレイドはそう言って嘆息した。


「にゃ? シャドウブレイドはアイアンボンドのメンバーだったの?」


「……ああ、に誘われてサービス開始初日から『アルティマット・アンリアリティ』を始めて、すぐに一緒にクランを結成したのさ。一ヶ月ほどで辞めたがな」


 ふぅ、と軽くため息を付いてから、シャドウブレイドは続ける。


「最初はそれなりに楽しくやってたんだけど、がやたらと人を増やしたがって、規則だ管理だ戦略だ効率だ……と、下らないことばかりを言うようになったからうんざりして辞めたのさ」


 シャドウブレイドがそう言うと、魔法陣が再び発光して巨人族ティターンの男が現れた。巨大な盾と剣を装備している。普通の筋力では両手を使っても持ち上げることは出来ないだろう。


というのは誰のことだ? 聞こえていたぞ……シャドウブレイド」


「……お前以外に誰がいるんだ、フラッグシップ?」

 二人は暫くのあいだ睨み合っていたが、やがて「ふん」と言ってお互いに目を逸らした。


「この村は俺達にとって前哨基地のようなものだが、魔法陣を解放してしまった以上、使用を認めざるを得ない。それがこのゲームの仕様だからな」

 フラッグシップと呼ばれた巨人はスティールハートたちを睥睨へいげいしながら、そう言った。


「だがイグニスドラコ迷宮への立ち入りは絶対に許さん」


「フッ……そうやってダンジョンの利権を独占して、産出物の値を吊り上げる。それがお前の言う戦略か?」


「そうだ。何が悪い? どうしても気に入らないと言うなら実力で排除するんだな」


「……そうさせてもらうつもりだ」

 シャドウブレイドがそう言うと、フラッグシップの顔はみるみるうちに怒気で真っ赤になった。


「自惚れるな! たしかに一対一ならばお前のほうが俺よりも強いだろう。だが、たった一人で最大級のクランを相手に勝てると思うなよ!」

 シャドウブレイドは冷たい瞳でフラッグシップをしばらく眺めてから囁くように言った。


「……確かに独りでは難しいかもしれんな。だが、私には仲間がいる」

 フラッグシップはしばし呆気にとられていたが、やがてガハハと呵々大笑した。


「仲間ってこいつらか? どれどれ……レベル42にレベル13!? おいおい暫く会わないうちにすっかり冗談が上手くなったな!」

 フラッグシップがそう言うと、周りにいた取り巻きたちが一斉に大笑いした。


「……冗談ではない。彼らはプレーヤースキルが高いんだよ。けいたちと違ってな」

 シャドウブレイドは嘲笑混じりに言った。空気が一気に冷たくなり、アイアンボンドのメンバーたちの顔から笑みが消え失せる。


「ざ、ざけんなよ! 確かに戦闘のプレーヤースキルはお前のほうが一枚上手だが、鍛冶は俺のほうが得意だ。鍛冶機能がロールアウトされてからずっと、俺は工房に籠もりきりだったんだよ。もうC+の武器を作れるようになったんだぜ。あのクソ難しい仕様の鍛冶でだぞ!」


「お前はやっとC+か……、まぁ、それでも十分に凄いのかもしれん。が、そこにいる彼は昨日キャラクターを作ったばかりだというのにもうB+の武器を作っている。しかも初期状態の工房でだ」


 シャドウブレイドがそう言うと、フラッグシップはスティールハートを睨みつけて叫んだ。


「嘘だ! いくらなんでもそんなことは不可能だ!」

「嘘ではない。その証拠に彼女が腰に下げているショートソードを見てみろ」


 シャドウブレイドはそう言うと、断りもなくほいっぷるん♪の腰からショートソードを引き抜いてフラッグシップに差し出した。


「た、確かに、無銘のB+を見るのは初めてだが……。おい、オマエが作ったんだったらなんで『刻印』を入れないんだよ? Bランク以上の武器には製作者名を刻むのが常識だろ!」

 フラッグシップはスティールハートを睨みつけて怒鳴りつけた。


「ん? 銘はSランクを作ったら入れようと思ってるんだ。それはまだ習作だからな、銘を入れるなんて恥ずかしくてできんよ」

 スティールハートがそう言うと、周りにいる一同はポカーンと口を開けて彼を眺めた。


 彼にしてみれば、この世界における最高ランクの品を作るのは当然のことだった。


 現実の鍛冶仕事においても、少しでも気に入らないところがあると潰して作り直すことがよくある。そんなことをしているから経済的に困窮してしまうのだが、このさがはもはや治りそうもない。


「……ハッ……ハッハッハッ! 聞いたか? そう、彼はいつかSランクを作る男だ。Sランクの刀を装備してしまえば、卿らが束になっても怖くないのだよ。……フフフ、ではそろそろ行こうではないか」


 シャドウブレイドはそう言うと、ショートソードを素早く取り戻し、ほいっぷるん♪の腰のさやに戻した。その口元は笑いを堪えるように歪んでいる。


 そして彼女はスティールハートとほいっぷるん♪の手を握って、魔法陣に向かって一歩踏み出す。


「ちょっと待ったぁ!」

 フラッグシップが大声を張り上げる。


「おい、ドワーフのおっさん――スティールハートだったか? 悪いことは言わないからアイアンボンドに入るんだ。そうすれば最高級の工房と素材を望むだけ用意するし、本当にAランク以上が作れるなら幹部待遇で優遇するぞ。そうだな……契約金二百万ゴールドでどうだい?」


 フラッグシップはこれまでの調子とは打って変わって、声のトーンを柔らかくして言った。


「にっ、二百万!?」

 ほいっぷるん♪が驚嘆の声を上げる。彼女の視線がスティールハートとフラッグシップの間を忙しなく行き来していた。

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