偽装巫術師とあらくれ医官は、何度死んでも惹かれ合う

恵永沙紀(旧 水野)|サキエナガ

第一章「後宮での呪い解決命令と再会」

1「理不尽な命令と、柳の下での再会」

「お言葉ですが、この妃の元へうかがったのは私ではありません。

 そもそもこんな高位妃のところへ、新人の私が遣わされるはずないではないですか」


 この台詞は、これで二回目。

 今から五年後に一度目の生を終え、時を戻ってからの〈焼き直し〉。


 上官に楯突いてはいるものの、辰焔シンエンの胸の中では別のソワソワとした気持ちもうずいていた。


 この任務は、最期を看取ってくれた医官――〝愛しい人〟と初めて出会ったきっかけ。

 やっと会える日がやってきた。


 とはいえ、重大任務の押しつけに、ついつい目の奥に火花を散らしてしまう。それが、生来の質だった。


「辰焔、お前は宮廷巫術師として登用されたのを分かっておるな。主な担当は後宮。

 後宮で起きたことには、責任を取ってもらわねばならん」


 軽く足蹴にする道鍚ダオシに向かって、辰焔は大きな瞳をスッと細めた。

 こんなやり取りだって、過去に何度もした覚えがある。


 このヤオという大国には、特殊な能力を持つ官吏・巫術師ふじゅつしが集まっている。

 仕事は宮廷の祓いや祈祷。つまりは警護だ。


「分かっておりますよ。私のような新人であれば、どんな失態を犯そうとその首をねれば終わりますからね。失敗などいたしません。

 呪いの犯人も見つけてみせます」

「まったく生意気な。妃たちから可愛がられているからと調子に乗るな」

「乗っておりません」


 任務内容の記された木簡を最後まで読まずに、カラカラと巻いていく。


 読まなくとも知っている。


 呪いのせいで御子が流れ、病に臥せった高位妃の悪鬼祓い。

 先に悪鬼祓いを行なった上級巫術師では、御子をお助けできなかった。

 お鉢が回って来たのは、〝実力のある都合のいい捨て駒〟の新人だからだ。



 今回だけではない。

 ここ数カ月のあいだに、呪いや悪鬼のせいで世継ぎを育むための後宮が機能せず、尾ひれのついた噂話ばかりが一人歩き。

 花の園も枯れ始めていた。


 巫術師がどれだけ祓っても、防いでも、呪いや悪鬼のたぐいは入り込む。



 辰焔は木簡を小脇に抱えると、拱手きょうしゅをしてこうべを垂れた。

「お話がそれだけでしたら、失礼いたします」


 道鍚はふんっと鼻を鳴らし、「後宮での仕事だ。宦官のお前にはちょうどいいだろう」と嫌味を漏らした。

 それを背中で聞き流し、辰焔はそっと退室する。



***



 ……ここまでは、平静を保てていた……はずだ。


 回廊に出て走り出そうとしたのに、強い風に煽られて、長い外套がいとうが足元に巻き付いた。

 思わずふらつき、たたらを踏んでしまう。


 髪をひっ詰めた幞頭ぼくとうもズレて、それも慌てて押さえる。

 今度は長い袖がバサバサと顔に掛かる。「んぐっ」と、辰焔は絡まった袖を振り払った。


 新人に支給される染めの入っていない白い外套がいとう

 女としての曲線を隠すのにちょうど良かった。

 といっても、さほど膨らみらしい要素もないのだが。今生ではまだ十五歳。成長期はこれからだと思いたい。


 袖の下、手首に巻いた鈴がちりんちりん、と高い音を立てた。

 己だけのお守り。

 背中を押してくれるようで、嬉しさのあまり、頬が持ち上がる。

 鈴の音に急き立てられ、はやる気持ちが、さらにたかぶっていく。



 辰焔はぐっと顎を引いて足早に駆け出した。

 本来なら、知識人たる巫術師が見せてはいけない姿。

 足音が回廊に響き渡っているし、先輩巫術師のお咎めの声も耳に入るが、心臓がドクドクとうるさくて、今は気にしていられない。


 早く木簡を最後まで読みたい。

 〝あの人〟の名前があることを確認したい。

 二人でなら、呪いも、妃の容態も、無事に解決できるはず。


 人気のない建物の裏手で、木簡を開こうとして……手が震えていることに気づいた。何度もなんども開いて閉じてを繰り返す。

 朱い柱にもたれて、胸が膨らむほど深く息を吸った。青々とした香りが、風に乗って頬を撫でる。


 先刻は最後まで確認していなかった。内容は分かっているのに、見るのが怖かった。

 過去に経験しているのだから、愛しい人の名前がないはずは、ない……。

 生唾を呑み込んで、カラリ……カラリ……とゆっくりと開いていく。



 ――担当医官:景烈ジンリエ



 やっぱりあった。

 肩がキュッと上がったのも束の間。肺いっぱいにたまった息が、ほぉぅっと一気にあふれ出した。へなへなと膝から崩れ落ちる。


 胸にきつく巻いたさらしが少しだけ緩んだ気がした。

 合わせ襟を直すと、地面についてしまった袖から、改めて鈴が小気味いい音を奏でた。


「やっと、会える――」


 小刻みに震える心臓を押さえて柱にもたれかかり、頭をこてんと預けた。まぶたを落とすと、透き通るような青は閉ざされ、かつての記憶がまざまざと蘇る。


 最期は、月のない夜に、景烈の胸に抱かれて迎えることができた。

 どうして時が戻ったのかは未だに分からないが、彼に会えることだけを期待して、修業をし直し、敵とも思える宮廷へやって来た。

 それでも――

 木簡を顔の前でぎゅうっと握りしめる。

 しばらくそうして気持ちを噛みしめると、辰焔は意を決して立ち上がった。


 文をしたためよう。


 任務で急に会うとなると、どんな顔をしていいか分からない。

 でも、どんな内容で?

 妃の件で相談があるといえば、性根がまじめなあの人なら来てくれるだろうか。


 〝あらくれ者〟で知られるほど口が悪いから、文句のひとつも言われそうだ。


 そんなことを想像するだけで、こそばゆい想いが込み上げてくる。

 なんでもいい。ひと目だけでも、会いたい。


 それに、辰焔の固有の能力についても知っておいてほしい。

 生まれながらに備わった〈悟り〉。

 相手の考えが分かるなんて……景烈なら、今回だって受け入れてくれると、信じたい。



***



 陽が沈み始める夕刻。

 辰焔は外邸にあるひとつの庭園で、石を切り出した冷たい椅子にじっと座っていた。

 柳の木が揺れて、石造りの天板がチラチラと横殴りの陽射しを反射し、時に影を落とす。同調するように、辰焔の心は期待と不安で揺れていた。


 庭園の中、小高い位置にある柳の木の下。

 よくここで会っていた。


 下のほうに人の気配を感じ、思わず机に手をついて腰を上げた。

 だけど、気配はひとりじゃない。声高に叫び、笑い合っている。酔っぱらった武官の二人組といったところだろう。


 ……景烈じゃないのか。


 ザラリとした何かが、胸を撫でる。そのまま行ってくれればよかったのに、武官たちは千鳥足で坂を上がって来てしまった。


「なんだなんだぁ先客かぁ~」


 絡まれるのは面倒だ。そっぽを向いて無視していると、二人は顔を見合わせた。示し合わせたかのように、ひとりは机に手を付き、顔を覗き込んでくる。もうひとりには肩にがっしりと腕を回されてしまった。

「な、なにを!?」

「お前だろ~噂の宦官ちゃんって。遠目で見るより可愛いじゃないか」「宦官なのがもったいないな」


 酒臭い息を浴びせられて、腹の底が火であぶられたように熱くなる。


「女みてぇ」「お前みたいのだったら悪くないな」

 舐めるような視線に苛立ちと危機感を覚え、

「ふざけるな!」

 抵抗しようと腕を振り上げたときだった。


 武官たちは急にドサリと机と地面に倒れこんだ。


「こんな時間から飲み過ぎだ。

 訓練で暴れて酒の回りも速くなってんだろ、自重しろ!」


 突如響いて懐かしい声に、辰焔の全身がざわりと泡立つ。


「ほら。とっとと帰って水飲んで寝ろ。

 必要なら薬も出してやるが、戦場以外で命を無駄にすんな、ばかやろう」

 長身の男は、武官二人の後ろから首根っこを掴むと、坂から転げ落とすように背中に蹴りを入れた。

「ったく、酔ってるからって弱すぎなんだよ」

 男の手際のよさに、一瞬のうちに、柳の下が静かになった。


「ジン……」

 景烈。そう呼びかけようとして、辰焔は喉を詰まらせた。相手にとって自分は初対面。急に名前を呼ぶなんて、どうかしている。

「医官殿」そう言い直す。


 景烈は、訝しむように辰焔を見据え、胸元に手を突っ込んだ。

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