マッチングアプリで学年一の美少女お嬢様とマッチングした。それから秘密にデートをする関係になった。

かみき

第1話 『サブスク彼女』

 霧咲きりざき高校には一つだけ秘密がある。


 それは霧咲高校の生徒間で密かに話題になっている学内マッチングアプリ『サブスク彼女』だ。


 これを使えば、学内の利用者なら誰とでも繋がることができる。


 例えば他クラスにいる人、先輩や後輩、違う部活動の人と繋がって、メッセージで会話をすることができる。そこからデートをしたりして、関係が上手くいけば付き合うことができる。


 そんな夢のあるアプリがこの『サブスク彼女』だ。


 『サブスク彼女』はよくあるマッチングアプリとなんら変わらない。


 ただマッチング範囲は学内のみで、プロフィールは名前と性別のみ公開される。そこから良いなと思った人にメッセージを送り、お互いが合意したときデートをして関係を深めていくことができる。


 逆に、この人とは関係を続けたくないと思ったら拒否するだけで済む。非常に簡単だ。


 クラスの男子の噂話によると、どうやら二回目のデートを取りつけることは難しいらしい。


 楽しくない、相性が合わない、思ったのと違ったなどという理由で拒否されることは珍しくないようだ。

 

 そのせいもあってか、二回目のデートの約束──サブスクに成功したらお互いをそれぞれアプリ名からとって『サブスク彼女』『サブスク彼氏』と言うらしい。

 

 浮かれすぎだと思うが実際、霧咲高校で付き合っている人のほとんどが『サブスク彼女』を使っているらしい。こんな訳アリそうな名前のアプリでも流行っているのはそういう理由がある。

 

 そして俺、鈴宮直すずみやなおも『サブスク彼女』を始めた生徒の一人だ。


 俺の場合、別の高校に入学した友人が彼女をゲットした事を知って、羨ましく思ったからという浅い理由だ。


 霧咲高校は家から少し離れていて、中学時代の友人はみんな別の高校に入学していなくなった。それに好きじゃないのに続けさせられたバスケ部の反動で、高校では趣味の読書ばかりの生活になっている。


 だから友達は読書仲間の藤堂蒼大とうどうそうたくん以外できていない。


 他の人と仲良くするには自分から話しかける必要がある。でも何を話せば良いか分からない。趣味の読書は藤堂くんが話の合う奇跡のような存在だっただけで、ほかの人がそうとは考えられない。


 そんな俺に恋愛なんて……そういう類の小説や漫画を読むだけで、リアルでは現実味のない遠い世界の話だ。

 

 放課後になり、裏門から少し離れた場所にある小さな休憩所に向かうその道中で、同級生らしき人たちの会話が聞こえる。


「なあ。俺、有栖川有栖ありすがわありすに告白しようと思ってるんだよな」


「有栖川有栖って……おいおい冗談だろ!? あの『学年一の美少女』に告白? モブのお前が振り向いてもらえる確率とか、0.1パーセントくらいじゃないか?」


「そこまで言わなくても良いだろ。『サブスク彼女』を使ったらメッセージ送れるだろ? それ使っていい雰囲気になったらいけるって」


「あいつが『サブスク彼女』なんて使うはずがないだろ。有栖川ってお嬢様学校出身のガチお嬢様だぞ」


「……はあ、だよな。あの有栖川有栖だもんな」

 

 有栖川有栖さん──お嬢様学校出身のお嬢様で文武両道、才色兼備……この間の中間テストは成績トップ、運動もできて、人当たりも良い。まさに完璧を体現したような一年生だ。


 そしてその美貌と美しい佇まいから『学年一の美少女』と呼ばれているらしい。


 有栖川さんが霧咲高校に入学してすぐにファンクラブが発足したのは有名な話だ。


 そんな高嶺の花の有栖川さんが俗な『サブスク彼女』なんてものを使う訳がない──。


 世間は純白そうな有栖川さんのことをそう思っている。


 俺は下校する生徒たちの合間を抜けて、目的地である小さな休憩所に到着する。


 ここは大きな桜の木が一本立っていて、側にベンチが置いてあるささやかな憩いの場だ。昼休みには木陰がちょうどベンチに重なって日陰になる隠れ名所でもある。


 学校の敷地内に喧騒を避けて静かに過ごせる場所があるのはとても良い。人混みの中で過ごすのはいかにも性に合っていない。だったらここで本を読んだほうがマシだ。


 生徒たちは数人で固まって仲良く帰路についていく。俺は大木の側で佇み、その様子を遠目で見届ける。


 今日はここで人と落ち合う予定がある。


 果たして誰を待っているのか。それはもちろん、半ばやけくそで始めた『サブスク彼女』で知り合った女の子だ。


 どうやら今日の放課後に行きたいところがあるらしく、俺はそのお誘いを引き受けた。

 

 15分近く経って下校する生徒はほとんどいなくなり、辺りは静かになる。そよ風に揺れる木々の音が心地よく聞こえだす。


 ふと、コツコツとこちらに近づいてくるローファーの音が聞こえる。俺は本に落としていた視線を上げる。すると、やはり到着したようだ。


 誰もが見惚れる整った顔立ちに、お嬢様のような美しい佇まい。そよ風に流麗に揺れる銀髪のロングヘアを耳にかけて、彼女は俺に向き直る。

 

「お待たせしました、鈴宮くん」


 学生鞄を手に持ち、透き通るような声で俺の名前を呼ぶ。


 彼女の名前は有栖川有栖さん。


 霧咲高校一年生で『学年一の美少女』であり、俺の『サブスク彼女』だ。

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