無能剣士と女子高生

時刻は昼頃だろうか。

洞窟から出てすぐの石床に寝かせられた見慣ぬ格好の女性をスレイドは腕を組んで見つめていた。


「一体、この女は……」


暗がりから出たことで女性の姿はハッキリした。


ブラウンの長い髪をサイドテールに束ねている綺麗な容姿の女性。

年齢はスレイドよりも少し若いくらい。

服装は見たことがないので形容し難いが、首元にある蝶のように結ばれた赤いリボンだけはわかった。

この女性が言うには"ブレザー"、"セイフク"という着物らしい。

爪もカラフルで異様に長い。

それより気になるのは、やはり目のやり場に困る下半身。


「絶対、この辺の人間じゃないな……」


村にも若い女性は数人いるが、こんな短いスカートは絶対に穿かない。

もしかしたら町に行けばこれが普通なのだろうか?

服生地も見るにかなり高品質なものだと思われ、それなりの身分の人間というのは一目瞭然だった。


「まさか貴族とか……?」


もちろんスレイドは貴族など見たことはない。

村でも数少ない書物の中にそれらしい記載と簡単な絵が描かれており、その見た目に似ているような気がしたのだ。


そして彼女と洞窟から出てから数刻のこと、


「う、ううう……」


「な、なんだ!?」


スレイドは一歩跳び引く。

そして腰に差したショートソードのグリップに手を添え、抜剣の構えを取った。


彼女はバッと勢いよく上体起こすと、眠気まなこでスレイドを睨んだ。


「アンタ……あたしが寝てる間、なんかした?」


「なんかってなんだよ!」


「あたしの体、色んなところ触ったりさ」


「す、するわけないだろうが!!」


「ふーん」


女性は納得し、安心したようにあくびをしつつ目を擦る。

スレイドは呆気に取られていた。

たった一言だけで、こちらの言い分を信じたようだ。


女性は立ち上がって体を伸ばし始めた。


「それで、ここどこよ」


「どこって、俺の住む村の近くの遺跡だ」


「村って……あたし、なんでこんなとこにいるの?」


「そんなの知るか」


女性はこめかみに人差し指を当てつつ、思考を巡らせているようだった。

そしてブツブツと独り言を言い始める。


「確か、家族と旅行に行って、帰ってきて、疲れてベッドで寝てたら聞いたことない声がして……」


「なんの話をしてるんだ?」


「あー、思い出せない!!」


「なんだよ、うるさい女だな」


「はぁ?」


彼女の突き刺すような眼光にスレイドは息を呑んだ。

いわば蛇に睨まれた蛙。

目が合っている最中、全く体が動かなかった。


しかし、一転して女性の表情が明るく変わる。


「あっ!そのイヤリングかわいいね。見せてよ」


「おい、やめろ、触るな!」


女性はおもむろにスレイドに近づいてきて左耳のワインレッドのイヤリングに触ろうとした。

しかし、それをスレイドは払いのけ、すぐに数メートル間合いを取る。


「このイヤリングと、この書物は父親の形見なんだよ!大事なものなんだ!見ず知らずのやつに触らせるわけないだろ」


そう言って床から拾い上げた書物だったが、すぐにスレイドの手からいとも簡単に強奪されてしまう。


「ちょっと見せてよ」


「お、おいこら!!」


必死に剣術指南書を取り戻そうとスレイドは女性を捕まえようとするが全く動きを捉えられない。

女性はスレイドから逃げながらパラパラと書物を読んでいく。

そして最後のページを開いて言った。


「なになにー、"愛する我が子が、いつか黒竜の息吹に辿り着くことを願って"……ってどういう意味?」


「え……?」


「だから、これってどういう意味?何処のこと言ってるの?」


「なんで読めるんだよ……俺や村の人間が誰一人読めなかったのに」


「知らないわよ。なんとなく読めちゃった」


スレイドは女性を追いかけるのをやめていた。

ただ、その書の最後のページに書かれた文章の意味を考えていたのだ。


「ありえない……辿って……それって"場所"のことだろ」


「それがどうかしたの?」


「俺は村長の家系なんだ……父親もそうだ、なのになんで村の外の話なんて」


「意味わかんない。出たらいいじゃん」


「出れないんだよ!!村長の家系は掟があって村の外には出れない」


女性は首を傾げる。

そして一考ののち、言った。


「アンタは村を出たくないの?」


「俺は……出たくない。だって村を守る使命があるからさ」


スレイドは奥歯を噛み締めた。

なぜかはわからないが心の中がモヤモヤするようだ。


女性は再び鋭い眼光をスレイドに向けて、


「なんで嘘つくの?」


そう一言だけ言った。

スレイドは彼女の言葉で自身の心臓が跳ねるのがわかった。

しかし、どんなに言い詰められようとも自分の言うべきことは決まっている。


「嘘じゃない……俺は明日になったら成人の儀式の後に村長になるんだ」


「ふーん、そう。でも、あたしには"なんで出ないのか"不思議」


スレイドは俯く。

"なんで"って決まってるじゃないか……


……なんでだろ?


そう考えた瞬間、かぶりを振って思考をするのをすぐやめた。


「あんたはどうするんだ?」


「"あんた"じゃない。北条ミライだって。ミライでいいよ」


「そうかい。ミライはこれからどうするんだ?」


「帰り道わからないから、とりあえずアンタの村にでも行ってみようかな」


「"アンタ"じゃない。スレイドだ。スレイドでいい」


ミライは笑みをこぼし、つられてスレイドも笑う。


するとミライはハッとしたようにセイフクの上着の両側についたポケットを触る。


「あ、ちょっと待って、もしかして」


そう言って片側のポケットから"薄い板"のようなものを取り出した。

そしてそれを耳に当てるとブツブツと何か言い始める。


「あ、ごめん、お母さん。今、家にいない」


スレイドは唖然とした。

もしかして母親と会話しているのだろうか?


「なんかぁ、アキコが家に遊びに来ないかって言ってさ、あたし何日かお泊まりするね。うんうん、大丈夫、アキコのママにはよろしく伝えとく」


未だに見せていない満面の笑みで"薄い板"に話しかけるているミライにスレイドは眉を挟める。


この女、まさか遠距離の人間と会話できる魔法が使えるのか……?

いや、もしかしたらあの"薄い板"が魔道具か何かなのか……?

そう思った瞬間、一気に町の人間に対して恐怖を覚える。


確か魔法は地水火風の四大属性と上級魔法の鋼鉄、氷結、爆炎、豪雷、さらに原初の光と闇だけのはず。

これらに当てはまらない魔法が存在したことにスレイドは驚愕していた。


ミライは"薄い板"をポンポンと叩いてから上着のポケットに入れる。

そして驚いている様子のスレイドに構うことなく笑顔で言った。


「じゃあ、村まで行きましょうか」


「あ、ああ……」


こうしてスレイドは北条ミライという謎の女性を連れて村へと帰ることになった。

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