みちづれ
なにこの人?
思えば青森の駅からずっといっしょだ。初めは偶然だと思っていた。十和田湖の乙女の像をまじまじと見ている怪しげな男がいるなと見れば、あの男。あまちゃん街道であまちゃん気分に浸っていたら、あの男。
そして今だ。
他にお店など山ほどあるだろうに、なぜここにいるの? ストーカーなんだろうか? そして、なぜ人の食べ物を物欲しそうに見てるんだろう?
⋯⋯ふ、平目漬丼か。
八戸港と言えばイカでしょう!? 日本一の水揚げ量なんだよ。ここに来てイカを食べなければモグリだ。つまり、この男はモグリだといえる。素人め。
その日の午後に獲れたばかりのイカが『夕獲れイカ刺し』などとして飲食店のメニューに名を連ね、コリコリとした食感が都会では味わえない。臭みのない新鮮なイカのゴロ(ワタ・腑)を入れた腑醤油で食べるとこれが格別。そんなゴロと身を絡めて焼いたゴロ焼きや、イカの角切りをにんにく醤油で漬け込み、ご飯に乗せた丼『八戸ばくだん』を堪能してこそ青森・八戸へ来た価値があるというものだ。
見ると男は平目漬丼を食べている。あんなもの、食べようと思えばどこでだって食べられるでしょうに?
「すみません!」
えっ!? まさかこの男、イカも食べるっての!?
「八戸ばくだんと⋯⋯いちご汁をください」
「なんですって!?」
「えっ?」
「いえ、何でもありません!」
こともあろうかこの男、イカのみならず、ウニやアワビと高級食材をいとも簡単に注文したよ!? この私ですら二の足を踏んでいたのに、くやしい。なんだか負けた気がする。
「やるわね?」
「え、何のことですか?」
「い、いいえ、こちらの話よ?」
いけない。思ったことが口に出ていたようね? 気をつけなくっちゃ、私が彼に興味があるみたいに思われてしまう。
⋯⋯。
いや、興味ないから。
ない。ない、はず。でも。
よく見ると、ちょっといい男ね。
ああもう! 私ったら、こういうところじゃない!? こういうところがダメなのよ。見た目が良ければ少しくらい難があっても目を瞑れる、そう思って付き合ってみれば、ことごとく振られる始末。そんなことは、いつだってわかってたはずなのに。私って本当にバカ。
でも、なんだろう? 彼には今までにない、未知なるオーラがある。
まるでこのイカのような。
鮮度?
いや、鮮度ってなに!? 自分で突っ込んじゃったじゃない!!
「あの⋯⋯僕に何かついてますか?」
「ついてねーよ、バーカ!」
ひっ、私ってばなんて言葉を!?
「え?」
「あ、ごめん。つい」
そうか。わかった! この子、
ダメ。
ダメだわ。ちょっと楽しくなってきちゃったじゃなあい?
「その、さっきもお会いしましたよね?」
「そうね?」
「青森にはよく来られるのですか?」
「今回が初めてよ?」
「えっ!?」
まあ、失恋旅行は三回目だけどね? ああ、そうだわ。行きずりの恋なんて、ろくなもんじゃない。
そうよ。
私の恋だ愛だは品切れ中なのよ!
恋愛抜きの関係なら、別にお遊びだっていいじゃない? 火遊びだって、楽しいからみんなしてしまうのよ。火事にならないように、気をつければいいだけの話。
「ねえ」
「むぐ?」
あらごめんなさい。お食事中だったわね?
「甘いものはお好き?」
「んぐっ! げほっ、げほっ!」
旅はみちづれ⋯⋯なんちゃらかんちゃらね♪
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