アノニマス・オブ・ヒーロー 【ソロゲーマー異世界冒険録】
アメイロニシキ
chapter01 影の王
現在時刻、午前3時。
視界の隅に浮かぶその数字をチラチラと見ながら、もう何度目かも分からない攻撃を叩き込む。
戦闘開始から既に5時間は経過しただろうか。神経は極限まで擦り減り、持ち込んだ武器の殆どが破損。回復アイテムや補助アイテム、MPも底をついた。
「ぜぇ……ぜぇ……ったく、よぉ……普通ここまでやるかよクソ運営め」
ついつい口をついて出てきた言葉。目の前に佇む暗黒色の影がゆらりと蠢き、同時に俺も地を蹴って距離を詰めた。
嵐のような攻撃に耐えながら5時間ぶっ続けで戦ってようやく見出した攻略法。常に付かず離れず、攻撃モーションが見えたら即座に超近距離戦闘へ持ち込む。これこそがソロ戦に於いて唯一の必勝法。
"影の王"なんて大層な名前の上に表示されたHPは残り僅か。あと一撃、それさえ入れれば勝てるところまで持ってきた。
「……」
「それはもう見切ったぁ!」
奴の武器はまさしく体そのもの。どこからでも鋭利な刃を生み出すし、強固な盾だって作り出す。影という実体を持たない体だからこそ成し得る攻撃だ。
接近してきた俺を迎撃せんと左腕が刃に変わり、恐ろしい速度で突き出される。初見の時は為す術なく心臓を貫かれまくったが、惜しみなく蘇生アイテムを使ったおかげで嫌というほどその技は見た。
だからこそ分かる。来るタイミング、角度、その瞬間が!
最後の一振りとなったショートソードを完璧なタイミングで割り込ませて、俺の命を奪わんとしていた刃をジャストパリィで弾き返す。
そこで喜び勇んで飛び込むのは愚行! 直ぐに顔面が変形して棘が飛んで――ほら来たぁ!
「成し遂げさせてもらうぜ、この偉業!」
薄皮一枚。神速で放たれた棘をギリギリで躱し、更に接近。ここまで近付けばもうコイツは範囲攻撃をしてこない。これが、この5時間で学んだことの一つ。そしてもう一つは!
「超接近戦じゃ――」
「……!」
「お前の攻撃はただ速いだけの単調な繰り返しに過ぎねぇんだよ!」
少しずつ組み上げてきた攻略法。その苦労が今、実を結ぶ。苦し紛れの攻撃の全てを俺は経験して、覚えた。
何度も何度もぶった斬られて、ぶっ刺されて、ぶっ飛ばされて。ここまで辿り着いた。
「いい加減沈め! 難攻不落の王様さん!」
最後の最後まで攻撃の手は緩めない。たかがゲームのボスのくせに大したもんだよ。……だけど悪いな。この勝負!
「俺の粘り勝ちだ!!!」
「……!!?」
上段から振り下ろされる刃を寸分違わずパリィ。それで最後のショートソードも砕け散り、しかし俺は止まることはなく。
振りかぶった拳を奴の顔面に叩き込んだ。
確かな手応え。影の王が数歩後退りして動きを止める。
倒れなかった。踏み止まりやがった。未だ王は健在。……だが。
(HPは、削り切った)
相手の体力が0になった証として、名前の上にあったHPゲージが真っ二つに折れている。万が一にもコイツが蘇生スキル持ちだったら、もう打つ手は無い。
倒れてくれと願い……やがて、影の王の体が足元から崩れ始めた。
「……人の子よ。認めよう。嗚呼……我が呪われし運命が、今ようやく……」
5時間に及ぶ死闘。その間、ただの一度も声を発さなかった王が溢した言葉。何を言われているのか理解が追いつかず、俺はしばらく動けないでいた。
そうしている間にも王の体はどんどん崩れていき、最後には塵となって消えた。
その場に残ったのは俺と、暗黒色の剣が一振り。
状況を飲み込めないでいた俺の目を覚まさせるが如く、やけに賑やかなファンファーレと共に視界に浮かんだ"影の望み Questクリア"の文字。
そこでようやく俺は現状況を理解した。
つまるところ、俺は勝ったのだ。あの理不尽極まりない、開発者からの嫌がらせとしか思えないクソ裏ボスとの戦いで、俺は勝ちをもぎ取った。
込み上げる喜びを押さえつける事もせず、両手を掲げて雄叫びを上げる。
「よっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
殺風景な空間に俺の声が木霊して消えていく。
長かった、本当に長かった。何度も何度も負けを覚悟したが、最終的に立っているのは俺。完全勝利である!
今や全世界に普及したVRMMO。数多あるゲームの中でも屈指の難易度を誇るとされる本作シャドウダンス。
出現する敵はマルチプレイ前提の強さに加え、蘇生が間に合わず一度でも死ねば強制的にレベルを10下げられ、持ち物も全ロスという鬼畜仕様。
ボス戦だけならまだしも、そこいらの雑魚ですら普通に強い上に嫌らしい位置に配置されていて奇襲を受けるなんてこともザラだ。
初心者はもちろん、数あるVRゲームを制覇してきた猛者であれ匙を投げる理不尽っぷり。
そのせいで世間では死にクソゲーなんて不名誉な呼ばれ方をしている本作。馬鹿を言うな。弱小プレイヤーが嘆いているだけで神ゲーなんだぞ。難易度は確かにバグってるけども。
「今まで溜め込んできた資金と装備、アイテムのほとんどを使わされたが、勝ったぜクソッタレ。あーしんどっ」
シャドウダンスが発売されて既に3年が経過している。当然、その間にラスボスまで辿り着いたプレイヤーは多く居るし、エンドコンテンツである無限塔に挑む奴も少なからず存在した。
が、猛者プレイヤー曰く、無限塔ではなくラスボス戦後、再びラストダンジョンの最奥まで辿り着くと挑む事ができる隠しボスの方がよっぽど難しいとのこと。
調べれば調べるほどその理不尽過ぎる強さに胸焼けを起こしそうになったあの日が酷く懐かしいぜ。
当然、そんな情報を知ったら挑戦したくなるのがゲーマーってもんだ。
「おっ、来た来たリザルト画面! え~っとなになに、経験値はどうでもいいとして、報酬アイテムが影王の長剣。うぅわ攻撃力エグ……」
残された暗黒色の剣。苦難を乗り越えたプレイヤーへのご褒美としては十分過ぎるくらいの性能だ。これを持って無限塔へってのもありだが、あっちはもう制覇しちまったからなぁ。
ま、今はそれよりもだ。
「忘れちゃならない確認を! 頼むから反映されててくれよ~?」
手早くメニュー画面を開いて慣れた手つきでササッと目的の項目へ辿り着く。ズラリと並んだボスモンスターの名前の中から影の王を選択して、ついに俺はその瞬間を目の当たりにした。
「影の王、ソロ討伐タイム5時間27分。プレイヤー名……名無し! いよっしゃ登録されてる!」
まさに俺の苦労が報われた瞬間だった。ドロップアイテムも経験値も俺にとってはオマケでしかない。
本当の目的は、ボスモンスターの討伐時間、その世界ランキングに名を連ねること。
もちろん、5時間なんて決して速いタイムじゃないのは分かってる。そう、大事なのは時間ではなく、このランキング表に載ることだ。
何故ならば――。
「世界で初、影の王をソロ討伐! これぞ偉業! くぅぅぅぅ~! たまらねぇなこの快感!」
前述の通り、シャドウダンスはマルチプレイ前提の難易度だ。雑魚相手ならまだしも、ボスモンスター相手にソロプレイなんて自殺行為以外の何者でもない。
発売されてから長い間、何百と存在するボスモンスターの多くがソロ討伐されずに残っていたと言えば、その難易度の高さを理解できるだろうか。1ヶ月は最初のボスですら倒されなかったらしい。
そのため、猛者プレイヤーの間では貴重なアイテムやら装備よりも、ソロ討伐でランキングに名を連ねる事こそが最高の報酬として浸透していった。
中でも影の王は、そんな猛者プレイヤーからも無理ゲークソゲークソボスと忌み嫌われた存在。当然誰もソロ討伐を達成していなかった。
うんうん、分かる、分かるよその気持ち。俺も戦っている最中、何度ブチ切れそうになったか分からないレベルの理不尽さだったからな。
普通ボスってのは、攻撃モーションなり行動なり、何かをする前後にほんの少しの隙を晒すもんだ。プレイヤーはそこに付け入り攻撃を仕掛けていくのがセオリー。
だが影の王にはそれが一切通用しない。ノーモーションかつ連続発動かつ広範囲。超スピード、超反応、スーパーアーマーetc……。クソな要素をこれでもかと詰め込まれたクソの塊。運営の悪意そのものみたいなボスモンスターだ。
プロゲーマーや廃人ゲーマーでさえ諦めた存在。それを俺は叩き潰してやったのだ。これを偉業と呼ばずしてなんとする。
ここまでのボスモンスターも全てソロ討伐して、ランキング上位10位以内には食い込んできた。だがコイツは、本当に別格だ。
ランキングに……いや、勝つこと自体に意義がある。最低最悪のクソボスだったけど、最高最強な良ボスでもあったぜ。
「はぁ~やり切ったぁ……うげ、もうすぐ4時かよ。明日の学校どうすっかなぁ」
我が身、未だ学生にて候。当然ながら明日も登校日であるのだが、この疲労感を引き摺ったまま授業を受けるのは拷問のそれだ。
かと言ってズル休みすれば母親が黙っちゃいないだろう。
(……しゃーない。仮眠取って登校するか)
起きれるかどうかは別として、徹夜するよりかはマシな筈。
影の王がドロップした長剣をインベントリに押し込んで、名残惜しくはあるがログアウト。
ありがとうシャドウダンス。最後に良い思い出が出来たよ。ま、ゆっくり眠ってくれや影の王様。
次は何のゲームをプレイしようか。シャドウダンス並みとは言わないまでも、それなりに歯ごたえのある作品をやりたいもんだ。
――――――――
解説コーナー
『影の王』
高難易度ゲーム、シャドウダンスに於ける裏ボスの1体。
他ボス同様マルチ前提の強さに調整されており、ソロ討伐はまず不可能とされていた。
ソロクリア出来る者が居るとすれば、それはもはや人間では無いとは開発者の言葉である。
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