8 冷蔵庫少女の涼しくない憂鬱/海来 宙


(加筆修正あり。)



・冷蔵庫になるのが恥ずかしい、という感性。後まで読むと主人公はまだその経験がないとわかる。なのに恥ずかしいというのは一見おかしなようで、全く不思議ではない(いや、だからこそとも言うべきである)。羞恥心はいわゆる社会的ストレスで、他者との関係やその行いをみて学ぶものだ。家庭内の教育の賜物ではないか。

 恥について。少女漫画などを例に挙げよう。たとえばという欠点を自認し恥ずかしがる主人公は、灰に埋もれた少女としてのキャラクターの個性を決定づけるだけでなく、隠された魅力という属性そのものがもはや魅力であり、または人物や読者までもを引き込む嗜好、フェティズムの対象とて転化しうる。欠点ではなく当人の特性。メガネ属性なんかもそうであるが、本作におけるこの変身メタモルフォーゼスにも共通する話だと筆者は観察する。


・冷蔵庫の発明を考えれば、遺伝性の特性といえそれほど古いものなのか。ただし背景設定には意味はないだろう。この設定の肝は物語全体の方向性を後押しするための不可思議性それのみであるだろうし、筆者もそれで構わないと感じる。


・第3話と第4話のあいだ。文章上まったく時間の経過はないのに対し、「彼」が来たと錯覚する主人公。待ちきれない気持ちの表現としての共感が難しい。その後続く展開、一度離れての再決心という流れを考慮しても、読者に抱かせる時間間隔のなさゆえに、展開自体の予測可能性が乏しく、「わくわく」感が喚起されない。よってわざわざ一回外に追い出したという作劇上の効果も薄れて感じる。

 というより、全体的に時間経過の描写が極端。敷衍すれば、きちんと場面が切り替わるときには時間経過もきっぱり起き、それ以外だと動きはあっても世界全体としては停止してしまっていて、人物たちの動きが切羽詰まり、せせこましくなっている印象がある。

 特に本作は家の中を行き来する中で起こる事件であり、時間の窮屈さは余計に重複して見えるというのもあるだろう。狭い空間内で起きるそれぞれの所作を拾い方を工夫すれば時間の流れも安心して、落ち着いてみれないだろうか(ただし、この主人公がせっかちなんだというのはあるだろう。キャラクター性と作品における雰囲気を優先した結果ともいえる)。



【特筆点】


・幸也に麦茶を飲ませる。邪推するに、このシーンを描きたくて考えていたら、麦茶は冷蔵庫に入っているものだということで思いついた設定ではないだろうか。というまでに繋がりがシンプル。しかしなりふり構わないこだわりとして筆者はみた。加えて全体的に軽い語りで一人称、共感の下地の整え方がいじらしい。好印象。

 またこの行為は、好意を抱く相手に対して、自分の領域に取り入れようとするものである。変身能力をあわせると、まさしく「魔女」そのものだ(もちろん中世的意味における反教・反社会的シンボルではなく、近代作劇的な神秘と誘惑、そして不完全性を秘めた魔女イメージである)。


・麦茶が仕舞いこまれるべき冷蔵庫。恋慕を仕舞いこんだ人間。内に秘めるべき思い・対象と、それを収めるべき容器・「箱」というイメージを、人間関係自体に素直に当て嵌めていく。嫌なひねりのない表現。大変好みだ。


・冷蔵庫が沢山あるというのはまったく恐ろしいことである。筆者も引越しの際に二台目を持ってきてしまったが大変取り回しに困る代物で、間違って電源を一回差せばうっかり抜くことも出来なくなり、WT101を何本か突っ込みそのままにするしかないという状況である。

 一連の描写は叙述的仕掛けのひとつとして用意されている。とはいえトリックというよりも、もっと純粋な、状況としてのおかしみの方に比重があるだろう。魔法を解く液体が仕舞われるべき冷蔵庫に向かって話しかける少女。最後には冷蔵庫しか残らない。そして水に滴る少女。けっして映像的に描かれている訳ではないが、対象の配置と状況シチュエーションだけで視覚的構図として見事に機能している。

 


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