第一章 日常(1)



■第一章 日常


 僕とセレーナを乗せた列車は、猛スピードで走りだした。僕が今まで経験したことのないほどのスピードだ。

 窓の外を見たこともない速さで流れ行く景色を見ながら、僕の日常を思い出す。


 ――今日は、秋の考査の最終日だった。

 樹脂の机の表面と、最後まで埋まった答案用紙と、居眠りする僕。


「気持ちよさそうに寝てたねぇ」


 試験が終わったとき声をかけてきたのは、隣の席の浦野智美。

 背が高いわけでも低いわけでもなく、見た目が痩せ型と言うほどでも太目と言うほどでもなく、肩までのストレートの黒髪とちょっとかわいらしい二重の目。

 特に勉強ができるという風でもないし体育で活躍してるといううわさも聞かない、本当にどこにでもいそうな女子高生という属性の彼女は、言ってみれば僕の数少ない友人の一人。


「大崎君、数学いつも百点だもんねえ、余裕だよねえ」


 そしてこんなことを間延びした声で言うのは、本当に皮肉でもなんでもなく、ただそう思っている、というだけで、何というか、裏表の無い『いい子』だ。

 僕が試験が終わって居眠りしてたら先生にスパーンとやられた件なんだろうけど。


「知ってる問題しか出ないんだから仕方ないだろ」


 僕は言いながら、回答に使ったペンをトントンと机につけて揃える。


「うわー、いーやみいー」


 と、彼女はくすっと笑う。


「でーも知ってるもんねぇ。大崎君、歴史学者になりたいとか言ってるくせに、歴史の点数この前五十五点だったもんねぇ」


「いっ、いつ見たんだよ」


「うえへへー、この前答案ほっぽりだしてたでしょーう」


 ぐぐっ、そんなことあったか。

 ともかく、こいつは油断がならないやつだ。


「うへへ、ばらされたくなければ、プリン食わせろー。今日は購買のやつで許してやる」


 隙を見てはプリンをたかろうとするし。


「ばらすもなにも。そもそも正解だっていう解答だって数ある説の中の一説に過ぎないわけで僕がどの説を採用するかは」


「また始まったー。マービンくーん」


 と浦野が呼ぶと、二つ向こうの席に座っているマービン・洋二郎が振り向く。


「はは、大崎君、また例の『究極兵器』ですか」


 また例の、とはずいぶん失礼な言いっぷりだが。僕が何度か、浦野やマービンに、『究極兵器』の話をしたのは事実だ。

 地球侵略の最終兵器。千年間支配された地球、という歴史観は、最後はどうしても『究極兵器』の有無に行きつく。

 きっとそんなものがあったはず。それが今、消えていることにも何か理由があるはず。

 そんな話をしたのだけれど、二人にはいまいちピンと来ていないらしくて。

 マービンが情報端末に開いていた参考書らしきものから目を上げて立ち、歩いてくる。眼鏡の向こうの薄ブラウンの瞳とふわふわの髪が特徴的な、アングロサクソン系の血を引く好男子。


「何か未知の兵器で地球が降伏した、というあれですよね。定説だとあそこには核融合発電所があって、大きな事故を起こしたんだとか」


 と彼は嫌味でもなんでもなく、さらりと言う。僕が彼を少ない友人の一人だと感じるのは、そういうところ。変に友達ぶって馴れ合いするよりも、自分が信じるもの、信じられないものを大っぴらにしてくれること。

 僕はいつも思い描いていた。過去の歴史、隠された惨事。居眠り中の夢にまで出てくる、歴史の真実。

 ――それは地球に対する侵略計画。

 その最後に、究極の一撃が北米大陸のど真ん中に叩き込まれた。

 そうして地球は、宇宙を切り拓いていった人々の作った宇宙の国との戦争に負けた。

 降伏して以来、地球人は地球の表面に縫い付けられたままだ。

 北米大陸の真ん中にうがたれた大きなクレーターはその一撃の跡。

 ――。

 残念ながら学校の歴史の教科書には、核施設の大事故があったとしか書いていないけれど。だから僕みたいな考えを、歴史マニアの妄想だと決めつける人も多い。


「あのクレーターは核融合炉の事故にしちゃ大げさすぎるよ」


 僕はいつもどおりの反論を呈する。


「それには私も合意です。でも、もしそんな兵器があったとしたら、宇宙の軍事的常識はまるで違ったものになってしまうでしょう?」


「だからこそ、それは注意深く隠されているのかもしれない」


 大体、このあたりまでの討議はいつも似たようなものだ。マービンがいくつか反論の種を持ってきて、僕が再反論する。

 浦野はそんな僕らの会話をにこにこして聞いているだけで、その顔に感心だの驚嘆だのの表情は一切含まれていないわけで。


「とにかく僕はこの説をいつか確かめる、宇宙のどこかに絶対に証拠は残ってて――」


「じゃあ大崎君は、歴史学者になったら……研究のために宇宙に飛び出す、のかなあ?」


 唐突に、浦野がそう言った。


「僕が?」


 考えたこともなかった。どうなんだろう。

 宇宙に飛び出す――そんな夢を見ながらも、結局、地球の表面に縛られて一生を終える地球人のいかに多いことか。


「研究のために宇宙に出るなんて……よっぽどの実績のある学者さんかお金持ちの学者さんじゃないと」


 小さくため息をついて肩をすくめた。

 残念ながら僕の家はお金持ちでもないし、僕の家系に著名な学者の名前は見当たらない。


「じゃあ、まずは地球で『究極兵器』の証拠を見つけて、それを世界に発表して大学者さんになるってことねえ」


 浦野がいうことももっともだと思う。結局できることは、そういうこと。

 学者になってから究極兵器を探すんじゃなくて、究極兵器を見つけてそれを踏み台に著名な学者になる。

 そして宇宙に飛び出して究極兵器の証拠を探して――

 見事なニワトリタマゴ論法になってしまった。


「おーい、大崎」


 ふいに後ろから話しかけられ、振り向くと、そこには、『悪友』のカテゴリに入る毛利|玲遠(レオン)が立っていた。彼の白目がちの目もやっぱりニコニコと笑って僕を見ている。


「遊び行こうぜ、あーそーび。今日テスト終わったらさ、東京行って大宮行って松本行って……」


「ちょ、ちょっと待てよ、東京行くだけで帰りは夜中だろ」


「ばーか、徹夜(オール)に決まってんだろ」


「何しにいくんだよ、特に松本とか……」


「いやいやちげーんだよ、中学んときのダチがストリートライブやるっつってもう試験終わった直後からギリギリのスケジュールであちこちのブロックに予約入れまくっててまあとにかくにぎやかしに来いっつーからさ」


「サクラかよ……」


「わははは、そうとも言うわな!」


 毛利は口をあけて笑う。高い背とワイルドなつりあがった眉とぼさぼさトゲトゲの頭が特徴的な彼のしぐさに、僕は思わずクスリとする。

 彼はこの手の悪事が大好きなのだ。悪いことをするわけじゃない。でも、親だの先生だのの監視をかいくぐって意味の無いことをする、そのスリルをただ楽しむのが『頭の悪い大悪党』と自称する彼なりの悪事。


「じゃ、浦野、お前だけでも来いよ」


「やめとけよ、仮にも女の子だぞ」


「仮にもって、ひどーい」


 浦野がふくれっつらで僕の二の腕を叩いた。


「じゃマービン……は、無理か」


「そうですね、一応親族の目もありますし」


 地元ではちょっとした名家扱いのマービンの家も、いろいろと大変みたいだ。


「それよりお前、次のテストの準備しとけよ、今度赤点取ったら」


「だーいじょうぶだって、何とかなるって! つーか大崎も赤点じゃないだけで俺と似たようなもんだろが」


 再び毛利はがはははと笑う。


***

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