第3話 カウンターの秘密

バーテンダー。

華やかな印象を持つ人も多い職業かも知れない。

だけど、実際には地味な反復練習と絶え間ない勉強による専門的な知識、そしてプロとしての接客技術が求められる。


お客様が求める全て…最高の一杯、最高のもてなし、そして、バーという特別な舞台では、時に飛び切りの秘密も求められる。


出勤してすぐに始めるのは、おしぼりを広げてから丸めてタオルウォーマーに入れる作業だ。

「あー、コレだめだな、雑巾にでもするか」

広げて見れば、左下に茶色い汚れが染み付いたままだ。こんなふうに、汚れが残っていることもままあるのだ。


おしぼりのセットが終われば、次は仕入れたフルーツのチェックだ。

フルーツはデコレーションやフルーツ盛りなど、出番も多い。

今日デコレーションで使うであろう数を予想してカウンターの下に移動し、その他のフルーツ盛り用の分はバックヤードの業務用冷蔵庫にしまう。


この後はいよいよ丸氷だ。

これがキツいんだ。

氷が溶けないように、これが終わるまでは暖房を入れられない。

冷蔵庫の中のように冷たい空気の中、ブロック氷をまずは大まかにカット。


使い込み、幾分か買った時よりも小さくなったペティナイフは手に馴染む。

その相棒を右手に、氷の角を落としながらゆっくり形を整えていく。

十二面体になった氷を手に持ち、林檎の皮を剥くように丸く削っていく。


静かなカウンターの中で、シャッ、シャッ、と氷を削る音だけが孤独に響く。

それは、氷という素材を基にして彫像を削り出す芸術家のように。


この作業は素手だ。手を温めたいが、氷が溶けてしまうから。

指先の感覚が少しずつ奪われていく。

店内の空気まで、やけに静かに感じられる。


やっと一つの丸氷が完成した頃には、指先が赤くなり刺すような痛みが襲うが…今日はあと8個。

気が遠くなりそうだ。

  

全ての丸氷を作って、冷凍庫に仕舞い終えた時にはもう指先の感覚がない。

慌ててシンクにお湯を張り指先を温める。

先程まで氷に触れていたからかやけに熱く感じる。


指先を温めながら、今日のカウンターで起こる物語に思いを巡らせる。

バーは、毎日が少しずつ違う。


暖房のスイッチを入れ、バックヤードで制服に着替える。暖房が届ける空気が、張り詰めたカウンターを解きほぐすように暖めていく。


全ての仕込みが終わり、カウンターを磨くように拭きあげていく。

この時間は結構好きだ。

バーテンダーになって、二回目の冬を迎えようとしているけど、この作業の時は初心に帰れる気がする。

今日もよろしくな、と想いを込めながら、スツールの脚も雑巾にしたおしぼりで磨いていく。


店のドア、フロアの床、トイレ掃除を終えたらしっかりと手を洗い、カウンター内のセット。

シェーカーの位置を整え、メジャーカップとバースプーンを入れるグラスの水を新しい物と入れ替える。


いよいよ開店だ。看板を外に出し、コンセントを繋いで灯りを灯す。重いドアを再度開けて、ゆっくりと閉まるドアを振り返ることもなくBGMのスイッチを入れる。


今日の口開けは何時になるかな…。そんなことを思いながら、ボトル棚に並ぶ無数のボトルの蓋を一本一本開けて注ぎ口を綺麗に拭きあげ、ボトルを磨いていく。


一本の電話が鳴り響く。

電話に出る、短い対応の後またボトルを磨く作業に戻る。


バーには、ちょっとした"秘密"も多い。今日は良い日になりそうだ。


そんな風にして、六、七割のボトルを拭き終わった頃だった。


ドアの蝶番の軋む音がする。ウチの店はドアベルは用意していない。

フロアにいれば蝶番の音で分かるし、バックヤードにいれば気圧の変化ですぐに分かるからだ。


「いらっしゃいませ。」


上着をお預かりするためにカウンターの外に歩み出ながら声を掛ける。


「お、今日はオレが初客かな?」


確か五、六回ほどいらしていただいたお客様だ。まだ若い。


ウチが初めてのバーだったらしくて、先輩らしき方にに連れられてガッチガチに緊張していらしたのが四ヶ月ほど前。その後も、職場の皆さんと数名のグループでお越しになった。

今日は初めておひとりでのお越しだ。遂に本格的なバーデビュー、といったところか。


「はい、さようでございます。今日はおひとり様でよろしいでしょうか?」


固い表情が、緊張を物語るよう。


「あ〜、一応待ち合わせなんだ。多分、ちょっと遅くなると思うんだけど…。

向こうは少し残業、って言ってたから。」


待ち合わせの前に、少し引っ掛けながら予習かな?なんて想像を巡らせる。

表情に出すことはなく、プロとしての笑みを浮かべながら確認をする。


「かしこまりました。お連れ様は一名様でよろしいですか?」


「そうなんだ。とりあえず、カウンターでもいいかな?」


「もちろんですよ。では、こちらへ。

お召し物はお預かりしますか?」


席へ誘導しながらそのまま上着を預かり、クロークへ。


カウンターの中程に座られたお客様の元へ、温めてあったおしぼりと、確かこのお客様は煙草を吸うはずだから灰皿。そしてメニューをそっと出す。メニューは極一部、スタンダード中心とウイスキー、ほんの少しブランデーが載っている程度。


メニューを置かないバーも多いけれど、初めていらしたお客様や不慣れなお客様もいらっしゃる。価格帯も分かることで安心に繋がるから、とウチは用意してある。


「ありがとう。いやぁ、今日も寒い!」


おしぼりで手を拭いながら、メニューに目を通す。


「寒いですよね〜。吐く息が白くなってくると、いよいよ冬なんだなって気がします。」


温かいおしぼりは、バーからの歓迎の証だ。

冷えた指先に温もりが沁み渡るんだよな、と先程までの作業を思い出す。


「いやホントだよ。さて、一杯目は…と。何が良いかな…。」


メニューを見ながら、睨めっこでもしているかのようにその表情が目まぐるしく移り変わる。

初めて行くバーでは、正直にバーテンダーに相談するのが一番間違いのない方法だったりする。

 

ただ…自分から聞くというのは中々にハードルが高いことだろう。

ここは、ひとつ助け舟を出すことにするか。


「よろしければオススメでお作りしましょうか?」


暗闇で迷子になった子供が、家の灯りを見つけたように顔を上げて喜びの表情を見せる。


「え、いいの!?

マスターのオススメ、なんてなんかカッコいいじゃん、それでいこう!」


少しだけ苦笑しながら小さな訂正をする。

「私マスターじゃないんですけどね?

マスターはお休みいただいておりまして、私はチーフを務めさせていただいております。」


マスターからこの役職を就けてもらって、半年が経つ。少しはその役職に相応しいバーテンダーになれただろうか。

最も、二人しか居ない店でチーフも何もないんだけどな。


「おっと、失礼!

じゃあ、チーフか〜、いやそれでもカッコいいじゃん!」


「ありがとうございます。

それでは、私のオススメでよろしいでしょうか?」


「うん、頼むよチーフ!」


満面の笑みを見ながら、まるで人懐っこい仔犬だな、なんていささか失礼な感想を抱きつつ、内心でほくそ笑む。


「かしこまりました。」

 

カクテルの種類は数え切れないほどある。

その中から“その人の最初の一杯”を選ぶのは、いつだって難しくて、楽しい。


「まずは乾杯、ということで…。」

キールロワイヤルならスタンダードだし、きっと素晴らしい日になる今日を彩る一杯目としては、これ以上に相応しいカクテルは無いはずだ。


フルートタイプのシャンパングラスにカシスリキュールを15ml、シャンパンを90ml。ステアの必要はない。

グラスに順に注ぐ、それだけでカシス由来の濃い紫がシャンパンの黄金に溶け、グラスの底から立ち上がる泡が祝福の花火のように途切れることなく続いていく。


「キールロワイヤルです。

カシスリキュールをシャンパンで割った、乾杯用として有名なカクテルですね。」 

「へぇ、綺麗な色だね!」


お客様の笑みが、このカクテルを選んだことに対して正解を示してくれているようだ。


「ありがとうございます。」


持ち慣れない少し震える指先でグラスの脚を持ち上げ、口に含む。

「おお~、これは…美味しい!

シャンパンなんて飲み慣れてないから大丈夫かなって思ったけど、これなら飲みやすいね!」

「はい、シャンパンの柔らかな酸味と、カシスの甘さがベストマッチングですよね。

ところで…緊張されているように見受けられますが、大丈夫ですか?」

不意の言葉に、グラスを置こうとした手が揺れて、止まる。


「えっ、そ、そんっな、ことは…。」

「申し訳ありません。バーテンダーは、お客様のわずかな緊張にも敏感でして…。」

「あっ、ああ、先輩に連れられて、来たことはあったけど、こうして一人で来るのは、初めてで。

オレみたいな若い人、こんなカウンターに座って、変じゃないかなって。」


バーの扉は重い。物理的にも、心理的にも。

若い人にとって、一人で入る、ということは相当の緊張と、なけなしの勇気が必要なことはよく分かる。オレだって、一応は若い人に分類される訳だから、この仕事に就いていなければ臆してドアを開ける勇気を絞り出す必要があっただろう。


ただ、店に入る緊張、だけが理由でないこともわかっていた。

 

"密命"を胸に、オレに課せられた使命を果たす必要がある。だから、今日は一歩踏み込む。


「お待ち合わせの方は、お客様にとって大切な方のようですね。」


もう一口、とグラスに伸びかけた手が跳ねる。

観念したように息を吐き出して。


「はは…さすが、お見通しですね…。

会社の人、なんですが…。

ずっと、憧れてて。

でも、その、二人っきりで来るのは、初めてで。

オレも、こういうお店、慣れてないから…何を話したら良いかとか、うまく話せるかな、って、少し不安で…。」


言葉にしたことで、余計に緊張が大きくなったのだろう。グラスの脚にかける手の震えが大きくなる。


ここはオレの使命を果たすチャンスだな。


頬がニヤケそうになるのを抑えながら、秘密を囁くようにお客様の目を見る。


「でしたら、とっておきの秘密をお教えしましょうか。乾杯の時に、是非使っていただきたい、素敵な言葉ですよ。」


彼の瞳に、期待の色が戻る。縋るように身を乗り出して耳を傾ける。


「フランスではシャンパンの泡を星に喩えて、星を飲む、と言うそうです。

グラスの中で無数に弾ける泡を、夜空の星々に喩えたんですね。

ロマンチックですよね。」


そっと手を伸ばし、グラスの脚を指で軽く叩く。

グラスの底から泡が踊り出すように立ち上っていった。彼の緊張を、シャンパンの泡に溶かし込ませるように。


「へぇ~、それはなんて言うか…オシャレじゃん!

覚えとこ!」

「そうですね、特別な瞬間に語れると、ちょっとカッコいいかも知れませんね。」


その時、ドアの蝶番が軋む音がする。


「よっ、チーフ!」


私が見習いの頃からずっと見守る様に来てくださっていた、このバーでも古参の常連さん。


「いらっしゃいませ。お召し物をお預かり致します。」


そこからは立て続けにお客様がお越しになり、小一時間もする頃には、カウンターの半分が埋まっていた。


「ごめん、忙しくなって来ちゃったみたいだね。」

お連れ様はまだお見えにならない。

手を合わせるお客様に、気を使わせてしまったことへの申し訳なさを覚える。


「とんでもございません、どうかお気になさらずごゆっくりお寛ぎくださいませ。」


まだ大丈夫かも知れないが、念のためにリザーブカードを隣りの席に出しておく。


「ありがとう、ごめんねもうすぐ来ると思うんだけど…。」


「大丈夫ですよ、ご安心ください。

次もお任せ、でよろしいでしょうか?」


ゆっくりと飲まれてはいたものの、3杯目が空こうとしている。少し酔って来てしまったかも知れない。


「お願いしてもいいかい?あんまり強くないのにしてね。」

「かしこまりました。

では、少しサッパリしたものにしましょうか。」


シンプルなのが良いよな…と、コリンズグラスに氷を組み、ウオッカを30ml…いや、20mlにしよう。

ソーダとトニックウォーターを半分ずつ。

ライムを搾り、バースプーンを氷とグラスの隙間に挿し込むようにして、静かに持ち上げる。それを二回。

最後はライムピールで香りを出して。


「ウオッカ・ソニックです。

アルコールは抑えてありますので、ご安心ください。」

「ありがとう~、これからが本番なのに潰れたらどうしようってドキドキしてたよ。」


「ご安心ください、その前に止めますから。」

 

ウオッカ・ソニックがそろそろ空く、というタイミングで、再びドアの蝶番が軋む音がする。


お客様が職場の皆様といらした際にも、何度かお越しになっていた女性だ。

ようやく待ち侘びたお連れ様の来店だった。


リザーブカードをスッと下げ、手のひらでお客様の隣りを案内する。


「あ、来た来た。こっちだよ~!」

冬だというのに向日葵みたいな笑顔を振り撒きながら、小走りに駆け寄ってくる。


「ごめん、お待たせ!も~、また請求書の桁間違えてたみたいで大変だったよ~!」

「いらっしゃいませ。

お召し物をお預かり致します。」


「あっ、チーフ!今日もよろしくね~!

ありがとう~、こちらお願いします。」


コートをクロークにかけ、おしぼりを手渡す。


「はぁ~、あったか~い…。外は雪降りそうだよ~。」


「そういえばもうそろそろ初雪降ってもおかしくないもんね。今日は残業お疲れ様!

とりあえず、乾杯しよっか!オレ頼んじゃっていい?」


「うん、私分かんないし、お願い~。」

「よし、じゃあチーフ、キールロワイヤルを2つ!」


こぼれるような、人好きのする笑顔を向けて、先程ご案内したばかりの乾杯のためのカクテルをオーダーしてくれた。

良かった、気に入ってくれたみたいだ。


「かしこまりました。」


シャンパングラスを二つ、カシスリキュールをそれぞれに計り入れ、シャンパンで満たす。


「お待たせいたしました。キールロワイヤルでございます。」


お客様のコースターも濡れていたので、ウオッカ・ソニックを下げるのに合わせて気付かれないように交換しながら、真新しいコースターの上にキールロワイヤルを置く。


「ありがとう~、え~、これ、すごく綺麗~!」

「でしょ!カシスとシャンパンのカクテルなんだって!

ささ、まずは乾杯しよ!」


待ちきれないように、グラスを持ち上げて彼女の方へ寄せる。


「「かんぱ~い!」」


チン、と甲高い音が響く。


ゆっくりと、形の良い唇に触れたシャンパングラスが傾いていく。喉を通る度に、その目が見開いていく。


「うわ~、美味しい~!」


グラスを置いた後、ひと口、では足りない程度には喉を潤した女性が、感嘆の声を上げる。


「でしょう~!

シャンパンを飲むことを、フランスだと星を飲む、なんて言うんだって!

オシャレだよね!」


おっと、早速有効活用してくれたみたいだな。

「そうなんだ!詳しいんだね~!」

「さっきチーフに教えてもらったばっかりだけどね…。」


他のお客様のオーダーを作っていた私は、小さく頷いて笑顔を返す。


「そうなんだ?でも、これ美味しくて良いかも!」

「気に入ってもらえて良かったよ~。」


ホッ、と小さく安堵のため息を吐き出しながら素直に種明かしをされる姿は微笑ましさすら感じる。

職場の皆様に愛され、いつも彼の周りには笑顔が溢れていた。


その中で、お連れの女性といらした時。

彼の、彼女へ向ける視線は、他の方へのそれとは違って、少しだけ熱を持ったものだった。

そして今、彼女を見つめる彼の目は、その時よりも熱を感じる。

時を重ねて、想いが深まったことがありありと見て取れた。


人が誰かを想う瞬間を見るのは、何度でも胸が温かくなる。

いつかの、もう二度と戻ることの出来ない自分の恋の残滓をそこに感じる。

少しだけ、胸の奥が締め付けられる様な痛みを感じた。


「次は何にしよっかな…。」


いけない、気持ちを切り替えないとな。

流石に、これが一杯目の彼女の方がペースが速い…彼女が酒が強いということは、公然の秘密らしいので触れずにおく。


チラリ、とオレを見る。


「ワイン・クーラーはいかがですか?」


彼女のアイコンタクトを受けて、彼には気付かれないように軽くウインクしながら提案する。

「じゃあ、それでお願いします。」

「かしこまりました。」


氷を入れたワイングラスにオレンジジュースを30ml、コアントローを10ml、ソーダを30ml。

軽くステアしたら、グレナデンシロップを静かに沈める。


氷の上から赤ワインをゆっくりとフロートさせる。

混ざり合わないようにバースプーンの背を這わせ、静かに赤ワインをオレンジジュースの上にそっと置くように。


最後に、バニラエッセンスを一振り。


ワインクーラーのレシピはお店によって違うけれど、これが彼女のお気に入りのレシピだ。


「お待たせいたしました、ワインクーラーです。」


飲み干されたキールロワイヤルのグラスと引き換えにコースターの上に置く。

 

綺麗だね、と呟きながら、添えられたマドラーでワインクーラーを軽くかき混ぜながら言葉を待つ彼女。

待ちきれなくなったのか、ひと口、口に含んで、飲み込んで。


「で、話って、なんの話かな?」


空気が変わる。

誰かのグラスの氷が溶ける音さえ、遠くに聞こえる。


「あ…えっと…」


彼の喉が上下する。言葉を探す沈黙は、店内の温度をひとつ下げたように感じられた。


大丈夫、もう答えは出てるから。

背中を押すように、コッソリと店内のBGMを切り替える。

 

「あの、オレ、研修で、教えてもらってる時から、ずっと気になっていて、」


彼女も、嬉しそうな瞳で彼を見つめる。

その拳は、頑張れ、と言っているように、小さく握られていた。


「その後も、たくさん、助けてくれて、気が付いたら、いつも目で追いかけるようになってて、」

 

彼の前に置かれたグラスの中の泡が、止まって見える。少しだけ、周囲の会話が小さくなる。

店内の空気が、少しだけ張り詰めたものになる。


気が付けば、店内に響くのは、スピーカーが流すナット・キング・コールと、二人の声だけだ。

 

 ~♪I'll give you my heart, I…


「その、えっと…、」


心臓の音がやけに大きく聞こえる。

息を呑む音が、自分のものか彼のものかすら分からない。


言ってしまえ…!


「好きです…!

付き合ってください!」

息を飲む間も無く、待ち構えていたかのように。


「いいよ?

こちらこそ、よろしくお願いします。」


一世一代の告白、その返事は、余りにも軽く。

 

一拍遅れて、周囲から祝福の声が巻き起こる。


「おめでとう!」

「良かったね~!」

「いつ言うのかハラハラした~!」

「良いもん見せてもらったわ~!」


囃し立てる様な声、そこで2人も注目を集めていたことに気付いたのだろう。


「やだもう、ちょっとやめてくださいよ~!

恥ずかし、いつから聞かれてたの~! 

もう、いつ言ってくれるのか、ずっと待ってたんだからね?」


幸せそうな笑顔を振り撒きながら、怒ったように唇を尖らせる。

割と最初の方から注目の的だったことは内緒にしておいた方が良さそうだな。


「えっ…!ほ、本当ですか!?」


「そうだよ~!

ねぇ、チーフ?」


彼女はあっさり共犯者を白状する。


「え、種明かししちゃって良いんですか?」


「もちろんですよチーフ!

ねぇ、カクテル言葉って知ってる?」


「カクテル言葉?」


「そう!カクテルには、それぞれ意味があるんだって!

チーフに前聞いたの。」


「そんなのあるんだ…。」


答え合わせがしたいのか、彼がオレの目を見る。

オレも予想だにしなかった種明かしに、少しだけ照れ臭くなって頬を掻きながら答える。


「あまりメジャーではないんですが、たまたま知る機会がありまして。」


「チーフはお酒のことならなんでも知ってるじゃない~!

ねえ、気付いてた?前の飲み会の時も、このワインクーラー飲んでたの。」


「そう言えば…確かに…。」


 記憶を辿るように、彼の瞳が彷徨う。


「ワインクーラーのカクテル言葉は、私を射止めて、なんだって。

だから、ずっと前からサイン送ってたのに~!全然気付いてくれないんだもん!」


たった今恋人となった彼を咎めるように、頬を膨らませた彼女の指が彼のスーツを摘んで、引っ張る。


「えっ、えっ、ほ、本当に!?」


彼の顔が赤いのは、お酒のせいだけではないのだろう。嬉しそうな、幸せそうな笑顔が溢れている。


「ええ~、いや、でも…ってことは、チーフ、最初から分かってたんですか!?」


「ええ、実は。

お客様がお越しになる前に、お連れ様からお電話いただいておりまして…。」


「マジか~…。」


彼の肩の力がふっと抜け、息をついた。全ての種明かしまでされて、やっと現実感が湧いてきたのだろう。

どこか恨めしそうな、ちょっとだけ拗ねたような表情のまま、キールロワイヤルを口に含む。


「秘密にしていて申し訳ありません。

でも…。こんな甘い秘密なら、たまにはいいでしょ?」


カウンターのダウンライトが、二人の笑顔を温かく照らしていた。


ああ、やっぱり今日は良い一日になったな。

そんな風に思いながら、今度は彼にウインクを送る。


「秘密は、バーのスパイスのひとつですからね。」

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