涼宮ハルヒの禅

独楽道楽

プロローグ SOS団、禅問答体験に参加する。

「きゃ、あっ、えぁぁ」


 どてんっ。

 朝比奈さんは足をもつれさせ転倒した。


 スポポン!


「んぅ……」


 シュタタッ。


 最初はともかく、スポシュタといった擬音オノマトペの内容を解説させてくれ。

 朝比奈さんが転んだ拍子に、履いていた雪駄せったが両足とも、


『スポポン!』と脱げた。


 そしてキャッチャーフライの如き美しい放物線を描き、


『シュタタッ』

 伏した彼女の後頭部へ、履き物一足が、行儀良く揃って着地したのだ。


「……あっ」これは状況を理解した俺だ。


「みくるちゃ、あっ!」ハルヒ。


「……んふッ」古泉の含み笑い。


「――因果律の収束を観測」何を観測したか知らんが長門だ。


「ひぃ〜〜うぅ、転んじゃって……あぁ頭に履きものが乗っちゃいましたぁ。はッ、恥ずかしいよぅ……」


「大丈夫ですか朝比奈さん!」


 俺は朝比奈さんを助け起こそうとしたが、


「待ちなさい、みくるちゃん! そのまま立ち上がりなさい!」

「靴を頭に乗せて出ていくの! これぞ禅の境地の実践よ!」


 ハルヒが目をキラキラさせて一見意味不明なご命令をする。


「さすが朝比奈さん、『南泉斬猫なんぜんざんびょう』の趙州じょうしゅうを体現するとは。気付かれた涼宮さんも流石です。これだけでも永平寺まで来た甲斐がありましたね。僕もいささか感動しています」


 古泉が勿体ぶったフォローをする。


 俺も知っているが『南泉斬猫』というのは禅の公案こうあんで、

 南泉てイカレた高僧が猫を斬り、まともな弟子の趙州が、靴を自分の頭に乗せて抗議する。

 無茶苦茶なエピソードだろ?


 例え話だろうが猫や朝比奈さんが斬られるのは俺は御免だね。


「えぁー、これからご講話を聞くのに帰りたくないですー」


 長門はというと、既に講堂の畳に正座し千年前からの仏弟子ですといった風情で禅問答体験の開始を待っている。


 もしかすると俺たちの中で一番ワクワクしてるんじゃないか?

 そういえば「正法眼蔵しょうぼうげんぞう」を文庫本で読んでいた。本文はもとより詳解注もろとも暗記済であるかも知れん。


 お察しの通り、俺たちは、寺にいるのだ。ここは福井県の永平寺。禅で有名なお寺だ。

 苔むした参道と老杉の静寂の空間が、まるでハルヒの暴走を諫めるようにじんわり偏在している。


 なんでSOS団が揃って「永平寺禅問答体験ツアー」に参加してるのかって?

 一足早く修学旅行に行こう。そんな青春18きっぷ的ノスタルジアな動機ではない。


 宇宙規模の切実な理由によってここに来たのだ。


 大袈裟な言い方ではない。文字通りだ。

 ハルヒの超絶能力は、そのヤバさと無責任さを最大限に発揮し、またも宇宙の成り立ちを改変しかけ、俺たちのグッドチームワークでそれを阻止というか慰撫したのだ。


 すると今、朝比奈さんの頭に履き物がキレイに乗っかった事故は一連の騒動の、最後のオチなのかも知れない。


 まあ聞いてくれ、話の発端は先週の月曜日に遡る。


 涼宮ハルヒは、般若心経はんにゃしんぎょうで宇宙を危機に陥れたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る