Epi.4-EX: 美咲の内見


ある日、美咲は物件の内見に来ていた。


今の部屋の契約が切れるため、新しい住まいを探していたのだ。


ギシギシと音を立てる階段を上り切ったところで、足が止まる。

震えが、止まらなかった。


「……もう無理……」


その場にしゃがみ込んでしまった。

膝に力が入らず、自分の体じゃないみたいだった。


「まだ部屋、見てないよ?」

さゆりがふわりと声をかけ、しのぶは心配そうにのぞき込む。


ここは――そう、廃屋だった。


「そんなこと言ったって、無理なの! 無理!怖いの!」


声は震え、今にも泣き出しそうだった。


――トスン。


何かが落ちるような、軽い音。

美咲はうずくまったままだったが、さゆりの目がそちらへ向いた。

手すりのあたりに、白い人型の何かがいた。


輪郭のぼやけたそれは、片足を手すりにかけ、身を乗り出して――


尻もちをついた。


また、手すりに足をかけて――尻もち。


トスン、トスン……


奇妙な音を立てながら、それを何度も繰り返している。


「美咲さん、美咲さん、あれ見てよ!」

さゆりが嬉しそうに声をかけた。


美咲は恐る恐る顔を上げ、そちらに目を向ける。

一瞬、背筋が凍った――が。

よく見れば、それはただ同じ動作を繰り返すだけの存在で、危害を加えてくる様子はない。


「え……なにしてんの、あれ……?」

指をさしながら、さゆりに問いかける。


「えっとね――」

にしし、と笑って、


「美咲さんの真似だよ」


「……は?」


ぽかんとした顔のまま、次の瞬間――思い出す。


あの手すり。あのときの足。

そして、さゆりとしのぶに止められて、尻もちをついた自分の姿。


「ちょっと、やめなさいよ……」


赤くなった顔をそらしながら声をかける。

だが、白い人型はやめない。


「やめろって言ってんの!」


声を荒らげると、さゆりが驚いたように目を丸くし、しのぶはびくりと肩を揺らす。

そのとき、白い人型は手すりの上に立ち――


両手を大きく広げ、Yの字のポーズでジャンプ。

一階へと着地した。


「こらーっ! それはもうやらないって言ったでしょ! 嘘つき!」


さゆりが飛び降りるようにして追いかけていく。

下からは騒ぐ声だけが聞こえていた。


美咲は、ほっと息をついて、ぽつりと言った。

「……なんか、大声出したら、気が楽になっちゃった」

頬をぽりぽりと掻きながら、照れくさそうに笑う。


「びっくりしちゃいましたけど……でも、よかったです」

しのぶも笑顔で応えた。


「さて、部屋探さないとね。どこかオススメはある?」

「あの……わたし、どこも怖いので……」

「だよね。……早く戻ってこないかしらね」


階下を覗くが、さゆりの姿は見えなかった。

けれど、元気な声がまだ響いていた。


美咲の部屋探しは――まだ始まらないらしい。

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