8.デート?

「ねえ、次はアレ食べない?」


「さっき甘い菓子三個も食っただろ?早く剣を取りに行きたいんだが・・・」


遠征前に研ぎが終わった剣を取りに行くという口実で城下町をスキップするように軽やかに歩く魔法騎士団副団長とその後ろをついて行く団長。


せっかくだからと張り切ったイヴェリンは、白色の生地の裾に赤色で花模様の刺繍が施されたシンプルで可愛らしく、動きやすいドレスに着替えてきている。

対するアダムスは、訓練用の革の鎧を脱いだだけの無地のシャツとズボン。

だが、こちらは普段の私服も似たような物なので、もしかすると一応着替えたのかもしれない。


明らかに普通ではないガタイの巨男と愛らしい服装の美女が連れ立って歩いているのだが、王都では有名人の二人なので街の人々は微笑ましくその光景を見守っている。


「お!そんなに腹減ってるんなら、アレにしようぜ。あのトカゲ肉の串焼き。」


「トカゲ肉・・・?ああ、バジリスクの事?もう出回ってるのね。」


良い香りの屋台に近付いて行くアダムス。

するとその後ろ姿を見つめるイヴェリンの横に、空から黒い影が降り立った。


シンプルで動きやすさを重視した黒い服を頭から足先まで纏った小柄な人影。性別も分からぬその人物が、周囲には聞こえない程度の小声でイヴェリンに報告する。


「この先にいた迷子は無事保護者を見つけました。もう数分で騒ぎも落ち着くのでお進みいただけます。」


「そう、ありがと。」


アダムスが手に二本串焼きを持って振り返ると、そこには笑顔のイヴェリンが一人立っている。


「ん?今影が来てたか?」


「ええ、先に行って剣を裏から出しておいてねって伝えておいたの。探すのに少しかかるみたいだし、ゆっくり行きましょ!」


話しながらニコニコと串焼きを受け取る。

イヴェリンにとって何より大事なこの時間は、誰にも邪魔されたくないのだ。

十数人の精鋭で構成され世界中の情報が集まる組織『影』も、この時ばかりはご主人様の恋の応援隊と化す。

迷子なんて見つけたらアダムスは間違いなく親を探して走り回ってしまうだろう、という影の配慮である。


手に持った串焼きを頬張りながら並んで歩く。

アダムスを見上げて微笑むイヴェリン。

口の横に着いたタレを指摘して笑い合う二人。

もっと王都の端っこに店舗を構えれば良かった・・・と思いながら、出来るだけゆっくりと歩いて行く。


すると、ちょうど二人の肉が無くなりそうなタイミングで「誰か〜っ!」という声が二人の耳に届いた。


「引ったくり~っ!」


「!!」


アダムスが即座に走り出し、この時間の終わりを認めたくなかったイヴェリンが半秒遅れて後を追う。

二人が向かう先には高齢の女性が倒れ、「あっちに・・・!」とさらに道の先を指さしているが、その腕からは血が流れている。

女性の指さした方向には、もう胡麻粒サイズになった人の後ろ姿。

あまりにも早い。おそらく魔法を使っているのだろう。


「あ~あ、馬鹿ね、隠れず真っすぐ逃げるなんて・・・」


女性の止血を始めたイヴェリンが言い終える前に、アダムスが大きく身体を反らし、右腕を振り抜く。

王都の街を吹き抜ける突風。その先端には、先ほどまで甘辛いバジリスクの肉が刺さっていた、串。


「ぎゃ~っ!い、いてぇ!」


左脚のふくらはぎに激痛が走ったひったくり犯が、叫びながら倒れ込んだ。

追いつき足を串刺しにされた犯人を持ち上げたまま戻って来たアダムス。


「スられたのはこちらですか?」


犯人の側に落ちていた財布を見せると、イヴェリンの治癒魔法で立ち上がれるようになった女性が受け取り何度も頭を下げてお礼を言う。


やっと駆けつけてきた王城の兵士に事情を話し犯人を引き渡すと、イヴェリンが具現化しそうなほど大きなため息をついた。


「も~!どれだけ障害物を排除しても、あっちからやってくるんだもの。やってらんないわ・・・」


「ん?何て言ったんだ?」


「何でもないわよっ!あ~あ、遅くなっちゃったし、お店に向かいましょ!」


そもそも最初っからお店に向かっていたんじゃなかったのか?と疑問に思いながらも、アダムスは機嫌が悪くなったイヴェリンの後ろを付いて行った。






ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・


中央商会の店の奥を抜けた中庭。

王都中に店舗はあるが、冒険者ギルドのほど近くに構えたこの店では武器を主に扱っている。

その為、武器の相性や性能を確かめるための場所を用意してあるのだ。

爆発系の道具も揃えてあるので、もしもに備えて中庭全体に防御魔法がかけられている。


研がれて帰って来た愛剣の感触を確かめるべくアダムスが剣を振る。

右手に左手にと剣を持ち替えながら、その重さや動きを確かめている。

その剣はアダムスに会うように作られた特注品で、一般的な男性ではその大きさも重さも振り回せないような代物だ。


「どう?大丈夫そ?」


中庭の隅に置かれたベンチに腰かけていたイヴェリンが、アダムスに見惚れるのをやめて声をかけた。

その手には、先ほど店舗の代表が持ってきた小さな丸いガラス玉のようなものが握られている。


「そうだな、研がれた分多少軽くなった気はするが、この程度なら問題ない。」


「そろそろ新しい剣の注文をお受けしときましょうか、お客様?」


イヴェリンがおどけた口調で問いかけるが、実際とても大事な事だ。

既製品の剣ならすぐに手に入るが、アダムスの使う剣のように一から作る物だと時間がかかるのだ。


「あ、でもしばらくしたらミスリルが沢山手に入るかもしれないから、それから注文してもらった方がいいかも!それもミスリルでしょ?」


「ああ。じゃあそれから頼もうかな。これもまだ充分使えるし・・・あれ?この柄の部分、何か施したのか?」


散々振り回していたのに気が付かなかった。

持ち手の下の方に小さいガラス玉のような物が埋め込まれている。

イヴェリンが手に持っている物と同じように見えるが、それよりも一回り小さいようだ。


「んふふ〜内緒!多分そのうち使うから、その時に教えるわね。」


使う、という事は魔法道具のような物か。

楽しそうなイヴェリンを見て、苦笑いをする。

イヴェリンがそう言うならそうなんだろう。

もし一人の時に必要になったらどうするんだ?と考えたが、元々無かった物なのだ。気にしないでいよう。


「イヴェリンの準備はいいのか?」


「ええ、もう屋敷に運ばせたわ。訓練場に戻る時に引き取るから、そのまま出発しましょ。」

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