6.イヴェリン節炸裂

「ちょっと待ってくれる?」


イヴェリンが手を前に出し、犬を躾けるように待て!のポーズを取った。

予想外の反応に、求婚ポーズとゴマすりポーズのまま固まるクロイツェル父子。

イヴェリンが二人を放置したまま後ろを振り返り、キョロキョロと辺りを見渡し始める。


「カリナ!」「はい」「アダムスはっ?どこに行ったの?」「えっとですねぇ・・・」


カリナが非常に言いにくそうに口を開く。


「その人の自己満劇場が始まったぐらいのタイミングで、馬車が溝に脱輪したとかで手伝いに呼ばれまして・・・。」


「はぁっ?!何よそれ?!その為だけにこんなとこまで来たのにっ!」


「あ、あの・・・?」


片膝をついて前に差し出した手がプルプルと震え出したコルネリオに目線をやったまま、伯爵が声をかける。


「何よ、タイミング悪イツェル伯爵。」


「ワルイツェ・・・?あいえ、イヴェリン様、今は平民の事など捨て置きまして、我が息子の求婚の話を・・・」


「ああ、いい、いい、要らない要らない。お断り。」


手をしっしっと払いながら入り口の方を見てアダムスの姿を探す。


「は・・・?え、いや、しかし、我が家は陞爵を控えた伯爵家で、もうすぐ侯爵に・・・いえ、いずれは公爵になれるかもしれなくてですね・・・」


「だから、何シャクでも別にいらないってば。」


「で、ですが!イヴェリン様はもう二十もとうに過ぎた王族であられるのですよ?!王族である以上、貴族との縁談をご自分の一存で断ることなど出来」


「断れるわよ。」


「はい・・・?」


高身長なアダムスの頭を探していた目線をクロイツェル伯爵に戻し、めんどくさそうに、はあ、とため息をつく。


「伯爵、アナタ友達いないでしょ。」


「は・・・?え・・・?」


突然の痛いところを突かれた指摘に、理解が追い付いていない様子の伯爵。


「奥様のサビーナ夫人は遠く離れた伯爵領にあっても社交界に明るいし、長男のケヴィン次期伯爵も領地の運営について頻繁に登城してるってのに。知ってるわよ?アナタ、たまたま湧いて出たミスリルに浮かれてギャンブルに大金つぎ込んで奥様に叱られたから、王都に逃げて来たんでしょ。だからここの常識を知らないのよ。」


カンッ!と子気味良い音を立ててドレスの下のハイヒールを踏み鳴らし、伯爵を正面から見据える。

背の高いイヴェリンがさらに高いヒールの靴を履いているので、太って背の低い伯爵はもちろん、プロポーズを中断されて片膝をついたままのコロネリオも同等に見下ろされる形になった。


「この王都で・・・いえ、この国だけじゃなく、この世界で!私の思い通りにならない事なんて何もないのよ!婚約なんて押し付けて来ようもんなら、この国ごと滅ぼしてやるわ!」


「やめてください、一応この国を守るのが仕事なんですから。」


カリナがたしなめると、「物の例えよ、た・と・え!どうせ思い通りにならないやつが一人いるんだから。」とふてくされる。


「クロイツェル伯爵、ご存じないのも仕方ないとは思いますが、イヴェリン様はご自身に関する事柄について陛下から全権を与えられております。もしお疑いになられるのでしたら、王城へと問い合わせて頂いても構いません。申し訳ありませんが、お騒がせしてしまったので今日はこの辺で失礼させていただきます。」


一息で言い切ると、まだイライラした様子のイヴェリンの腕を取るカリナ。

つまり、国王陛下ですらイヴェリンに命令どころかお願いも出来ないのだ。

少し考えることが出来れば、国防の要であり、最前線に出て魔物と戦うような魔法騎士団に王族である王女がいる事に疑問も持てたのだろう。

だが残念ながらこの父子の頭はそれほど働き者ではなかったようだ。


カリナに引っ張られながら、イヴェリンが踏みとどまろうとしている。


「ちょっと、私まだ言い足りないんだけど!あのチョココロネ頭の次男坊にも一言・・・」


「ダメですってば。求婚しただけなんですから、あのくらいで勘弁してあげてください。」


そのままエントランスを抜けていく二人。

外で馬車を救い出した二人と合流し、一言二言話をすると、自分たちの馬車に乗り込み去って行く。


嵐が去った後の大広間では、残された二人の耳に周囲の人々の嘲笑がやっと届き始めたようだ。


「伯爵がギャンブル好きという噂は本当だったのね」「サビーヌ様には姪の婚約者を紹介してもらいましたのよ。奥様はご立派なのに、当主はイヴェリン様の噂すらご存じないなんて・・・」「お聞きになりました?最後のイヴェリン様、チョ、チョ、チョココロネですって!」


クスクスクス、と笑う声が聞こえる。

片膝をついたまま下を向いているので周囲の人間からは見えないが、耳まで真っ赤にしているコロネリオ。

高いプライドをへし折られた息子の様子をチラリと見た父親が、手を叩いて自分の方へと注目を集める。


「さ、さあ皆様!やはり流石の息子でも、イヴェリン様のお心は射止められませんでしたな!賭けは私の勝ちかな?コロネリオ!はっはっは!」


親子で賭けをしていた冗談という事にしてしまおうとした父親の意図に気付き、スッと立ち上がるとまた軽薄な笑みを浮かべる。


「ああ、そうだね、父上。やっぱりすぐに結婚を申し込むのは早かったみたいだ。でもまだ勝負は決まっていないよ?もしかしたら次はお姫様の方から結婚を申し込んでくるかもしれないしね。」


はっはっはっは!と顔を合わせて笑う父子。

周囲の人間もあえて空気を悪くしてまで、この成金伯爵の気分を害する必要はないと判断したのだろう。

ははは・・・と乾いた笑いでそれに応じる。


だがその場にいた誰も、コロネリオの握り締めた拳に隠し切れない怒りが混じっているとは気が付かなかった。

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