第12話 なかよしー!
俺は乃愛を抱っこしながら、水瀬の隣を歩いて家に向かっていた。
乃愛はご機嫌で、俺の腕の中でぴょこぴょこ揺れながら、水瀬の手をきゅっと握っている。
「のあねー、これすきー」
「へぇ、そうなんだ。かわいい色だもんね」
「ねー!」
水瀬はしゃがんだり、歩きながら乃愛の目線に合わせたりして、ずっと楽しそうに話している。
その表情が、いつもよりずっと柔らかくて——
(……役得だな)
好きな人が、こんなにニコニコしてるところを間近で見られるなんて。
ぼーっと見ていると、急に水瀬がこちらをちらっと見て、少しだけ頬を赤くした。
「……な、なによ」
「いやー」
思わず笑ってしまう。
「水瀬も、そんな顔するんだなーって」
「……悪い?」
むっとしたように言われて、俺は肩をすくめた。
「べつに。ただ……かわいいなと思っただけ」
「……っ」
水瀬は一瞬言葉に詰まって、ぷいっと顔を逸らす。
「……ばか」
その反応に、俺の口元は緩みっぱなしだった。
すると、乃愛が急にきゃっきゃっと笑い出す。
「れんにぃとー、ここねぇ、なかよしー!」
「ちょ、ちょっとのあちゃん!ちがうわよ!」
水瀬が慌てて否定すると、乃愛はぱちぱち瞬きをして——
「……ちがうの?」
みるみる目が潤んでいく。
「あっ、ち、違うってそういう意味じゃなくて!」
「ほら、なかよしよ! なかよし! ね?」
必死にフォローする水瀬。
それを見て、俺はにやっと笑って言った。
「へぇー。俺ら、なかよしなんだー」
「……っ!」
水瀬は一瞬固まってから、小さく睨んできた。
「調子に乗らないで」
「事実確認しただけなんだけどなー」
乃愛は安心したのか、また笑顔になって俺の腕にぎゅっとしがみつく。
「なかよしー!」
夕暮れの道を歩きながら、俺はこの時間が、少しだけ長く続けばいいと思った。
家の前に着いて、俺は立ち止まった。
「ここ、俺んちだから。今日はありがとな、水瀬」
そう言うと、腕の中の乃愛が急に身を乗り出す。
「まだ、ここねぇ! あそぶー!」
「おいおい」
俺が困っていると、水瀬があっさりと言った。
「別にいいわよ」
「え?」
「のあちゃんの頼みだもの」
乃愛は「やったー!」と両手を上げる。
「……ごめんな」
「そういうときは、“ありがとう”でしょ」
水瀬に指摘されて、俺は一瞬言葉に詰まる。
「……ありがとな」
「!」
水瀬は目を瞬かせて、俺の顔をじっと見る。
「……やけに素直ね」
「そうか?」
「調子狂うじゃない」
小さな声で、ぼそっと。
それが妙に胸に刺さって、俺は視線を逸らした。
「たまにはな」
そう誤魔化しながら玄関の扉を開ける。
——その瞬間。
目に入ったのは、見覚えのある女性用の靴。
「……げぇ」
思わず、変な声が出た。
(まじかー……)
今日に限って。
よりによって、このタイミングで。
(タイミング、悪すぎだろ……)
背後で、水瀬が不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
「い、いや……なんでもない!」
俺は必死に平静を装ったが、胸の中では、嫌な予感が全力で警報を鳴らしていた。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
とリビングから顔を出した母さんは、俺の腕の中の乃愛と、その隣に立つ水瀬を見て目を丸くした。
「あら〜?」
「なに? 女の子連れてきたの?」
その瞬間――
「れんにぃの、おくさん!」
乃愛の元気な声が響いた。
「………………」
頭の中で、カチッと何かが切り替わる。
(はい、終了)
これはもう無理だ。
何を言っても裏目に出る未来しか見えない。
「えっ、おくさん?」
「ち、違うから! 乃愛が勝手に――」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
そして、そっと水瀬の方を向く。
「……水瀬」
「な、なによ」
小さく身をすくめる水瀬に、俺は申し訳なさ全開で囁いた。
「ごめん」
「……」
「あとは、頑張ってくれ」
「ちょっ――!」
水瀬が抗議しかけたけど、俺はもう何も言わなかった。
完全沈黙。
魂だけが抜けた顔で立っている。
母さんはその様子を見て、楽しそうに笑う。
「あらあら、逃げたわね」
「逃げてません……」
水瀬は耳まで真っ赤にしながら、ぺこっと頭を下げた。
「こ、こんにちは……水瀬心菜です」
「黒瀬のクラスメイトで……その……」
「へぇ〜、心菜ちゃんね」
母さんは満面の笑みだ。
「“れんにぃのおくさん”って呼ばれてたけど?」
「ち、違いますっ!」
水瀬は慌てて首を横に振る。
「ただの……クラスメイトです」
「今日は、たまたま一緒に帰ってきただけで……」
声がどんどん小さくなっていく。
乃愛は水瀬の袖を引っ張って、
「のあね、ここねぇとあそぶ!」
「……あ、あの」
水瀬は一瞬困った顔をしてから、俺の方をちらっと見て、すぐに視線を逸らした。
「……少しだけ、です」
母さんは嬉しそうに手を叩いた。
「まぁ! 遠慮しなくていいのよ」
「どうぞ上がって」
「……お、お邪魔します」
水瀬は耳を赤くしたまま、塩らしくそう答えた。
俺は横で黙ったまま、心の中で何度も頭を下げていた。
靴を脱いだあと水瀬に睨まれた。
(……水瀬、ほんとごめん)
この日、俺は何も言わないことが最善策だと学んだ。
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