第9話 未来か。いい響き
水瀬に言われた服屋に入った。
店内は明るくて、いかにも今どきって感じの内装。
正直、俺一人じゃ絶対に来ないタイプの店だ。
「で、どんな感じがいいと思う?」
そう聞くと、水瀬は少し考えてから、マネキンを指さした。
「ああいう感じで、いいと思う」
「ふーん」
シンプルだけど、確かに悪くない。
俺がマネキンを眺めていると、タイミングよく若い女性の店員さんが近づいてきた。
「いらっしゃいませ。彼氏さんの服選びですか?」
「――っ!?」
その瞬間だった。
水瀬が、今まで握っていた俺の手を思い出したみたいに、ばっと振り払う。
「ち、違います! 全然!」
全力否定。
早すぎる。
店員さんは一瞬きょとんとしてから、俺の顔を見る。
……その視線、完全に「どうなんですか?」ってやつだ。
「そうみたいです」
俺がさらっと言うと、
「みたい、じゃなくて違うでしょ!」
水瀬の肘が、脇腹にぐさっと入った。
「痛っ」
店員さんは、くすっと笑いながら話を戻す。
「では、こちらの男性のお洋服をお探しなんですね?」
「そ、そうです……」
水瀬は恥ずかしそうに視線を逸らしながら答える。
(水瀬、照れるとわかりやすすぎだろ)
俺は気を取り直して、店員さんに聞いた。
「11月末に修学旅行で沖縄に行くんですけど、体温調節しやすい服ってありますか?」
「沖縄でしたら、薄手の羽織があると便利ですよ」
「ほら、言ったでしょ」
水瀬が、ちょっと得意そうに言う。
「はいはい。水瀬の言う通り」
「からかわないで」
「事実だろ」
そう言いながら、ラックに並んだ服を見る。
横を見ると、水瀬は真剣な顔で服を選んでいた。
(……なんでこんな真剣なんだよ)
彼女でもないのに。
ただの付き添いのはずなのに。
でも――
(俺は、嬉しいけどな)
そんなこと、口が裂けても言わないけど。
side水瀬心菜
黒瀬は、私が選んだ服を腕にかけて、試着室に入っていった。
「じゃ、ちょっと着替えてくるわ」
「……はい」
カーテンが閉まる。
(……なんで私は、当たり前みたいに返事してるの)
残されたのは、私と――
さっき黒瀬を“彼氏さん”と勘違いしてきた女性の店員さん。
……気まずい。
店員さんは、にこにこしたまま私を見る。
「仲、いいですね」
「……そ、そう見えます?」
「はい。手、繋いでましたし」
「っ……!」
思わず視線を逸らす。
「そ、れは……その……人混みで……」
「ふふ。そういう理由の方、多いですよ」
絶対、信じてない。
「でも、彼氏さん優しそうですよね」
「だから、彼氏じゃ――」
「照れなくても大丈夫ですよ」
「照れてません!」
即答してしまってから、自分の声が少し大きかったことに気づく。
「……ただの、クラスメイトです」
「へえ」
店員さんは、意味ありげに相槌を打つ。
「でも、服選びは完全に“彼女目線”でしたよ」
「え?」
「サイズ感とか、暑さとか、ちゃんと気にしてましたし」
胸が、少しだけざわつく。
(……そんなところ、見てたんだ)
「嫌々でもなかった気がします」
「……嫌々、では……」
そこまで言って、言葉に詰まる。
「彼氏じゃないにしても、特別ではあるんですね」
「……ち、違います」
すると、試着室の中から声がした。
「水瀬ー」
不意に名前を呼ばれて、肩が跳ねる。
「な、なに?」
「これ、どう?」
カーテンが少し開いて、黒瀬が顔を出す。
「……!」
(……似合いすぎでしょ)
一瞬、言葉を失った。
シンプルだけど、よく似合っている。黒瀬、顔はいいんだった。
体型にも合ってるし、沖縄でもちょうどよさそうだ。
「……いいと思う」
そう言うのが精一杯だった。
「ですよね?」
横から店員さんが、満足そうに頷く。
「とってもお似合いです。彼女さん、見る目ありますよ」
「だから彼女じゃ――」
「じゃあ、未来の、ですね」
「……っ!」
店員さんの冗談に、顔が一気に熱くなる。
黒瀬は状況をよくわかっていないのか、にやっと笑った。
「未来か。いい響き」
「よくないから!」
思わず即ツッコミ。
店員さんは楽しそうに笑っていた。
(……ほんと、なんでこうなるのよ。最近失恋したばっかりなんだけど)
そう思いながらも、胸の奥が少しだけ、くすぐったかった。
side黒瀬蓮
水瀬に選んでもらった服を、そのまま会計に持っていって買った。
正直、自分で選ぶより何倍も楽だし、何より——
(好きな人チョイスってだけで、もう勝ち確だろ)
袋を受け取ってから、何気なく聞く。
「水瀬、なんか買うもんないの?」
「……大丈夫」
そう言って、目線をすっと逸らされた。
(あ、これ以上踏み込むなってやつ)
無理に聞くのはやめて、店を出る。
「じゃ、昼行くか」
「うん」
「なに食べたい?」
「……なんでもいいわよ」
出た、“なんでもいい”。
(来ました、世界三大・男を悩ませる言葉)
歩きながら横目で水瀬を見る。
すると、一瞬だけ——ほんの一瞬だけ、視線が斜め前に流れた。
(……あ)
その先にあるのは、オムライス屋。
(なるほどね)
「じゃ、オムライスにするか」
そう言って歩き出すと、
「……えっ」
水瀬が、ちょっと驚いた声を出した。
(当たり?)
「嫌だった?」
「ううん……大丈夫よ」
そう言うけど、声が少しだけ柔らかい。
(やっぱり好きじゃん)
俺は内心でガッツポーズを決めながら、何でもない顔で続ける。
「なら決まり。混む前に行こうぜ」
水瀬は一拍置いてから、私の後ろをついてくる。
強引に連れてきたはずなのに、いつの間にか“二人で出かけてる”感じになってるのが可笑しかった。
二人して、同じデミグラスソースのオムライスを頼んだ。
(好みまで被るの、地味に嬉しいんだけど)
料理が来るまでの間、スプーンをいじりながら水瀬はどこか落ち着かない様子だった。
視線が何度もテーブルを彷徨って、言いたいことがあるのに飲み込んでる感じ。
そして、意を決したみたいに口を開く。
「……ねえ」
「ん?」
「今日、なんで私がベンチに座ってたか……聞かないの?」
俺は少しだけ考えるふりをしてから、肩をすくめる。
「話してくれるなら、聞くけど?」
水瀬は一瞬目を丸くして、それから視線を落とした。
「……ずるい言い方」
「そう?」
ちょうどそのとき、オムライスが運ばれてくる。
デミグラスのいい匂いが、場の空気を少しだけ和らげた。
スプーンを手に取りながら、俺は何でもないことみたいに言う。
「公園での、失恋関係?」
水瀬の手が、ぴたりと止まった。
「……いいよ」
俺は先に一口食べてから、続ける。
「中村の愚痴でも、なんでも聞くし」
その瞬間、水瀬が勢いよく顔を上げた。
「……なんで知ってるのよ!」
声は小さいけど、完全に動揺してる。
(やっぱりな)
俺は内心で確信しつつ、表情は崩さずにスプーンを置いた。
「そりゃ分かるだろ。水瀬たち三人で、俺だけ部外者でもさ」
そう言って、軽く笑う。
「……で?」
「今日は、どんな気分でベンチに座ってたんだ?」
逃げ道は用意した。
話すかどうかは、全部水瀬次第。
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