第7話 流れで
side水瀬心菜
……ほんとに、びっくりした。
ただ疲れてそうだから声をかけただけなのに。
まさか、耳元でささやかれるなんて思わない。
思い出すだけで、耳の奥が熱くなる。
(最低……なんであんなこと言うのよ)
最近、黒瀬に遊ばれてる気がする。
わかってるのに、ちゃんと突き放せない自分が一番嫌だった。
廊下を歩いていると、前から悠斗が来た。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
「なんだよ、びっくりした顔して」
悠斗は一瞬、私の顔を見て首を傾げた。
「……耳、赤いけど。なにかあった?」
「な、なにもないから!」
勢いだけで言ってしまった。
自分でも不自然なのはわかってる。
「そっか」
悠斗はそれ以上、深く聞いてこなかった。
その沈黙が、逆に少し苦しい。
「そういえばさ」
少し間を置いて、悠斗が言う。
「今週末、ひよりへの一か月記念のプレゼント、一緒に買いに行ってほしいんだけど」
……は?
頭の中が一瞬、真っ白になる。
(悠斗、バカなのかな)
「ひとりで行ったほうがいいんじゃない?」
できるだけ平静を装って言う。
「いや、俺のセンス、心菜が一番わかるだろ?」
その言葉に、何も言い返せなくなった。
――そうだね。
私は、そういう役目だった。
「……ひよりに連絡して。私と行っていいか、ちゃんと確認してからにして」
「わかった」
放課後。
スマホが震えて、短いメッセージが届く。
《オッケーだって》
日付を見る。今週末、日曜日。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(……幼馴染、なのに)
そう思うのに、
頭のどこかで――二人きりで出かけることを想像してしまう。
待ち合わせ。
並んで歩く時間。
それが、まるでデートみたいだなんて。
(期待してどうするのよ……)
ひよりの彼氏で、もう私は失恋した側なのに。
それでも、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
(……私は、ほんとにずるい)
そう自分に言い聞かせながら、私はスマホの画面をそっと閉じた。
週末の日曜日。
朝10時集合――だった。
私は15分前には駅前に着いていた。
ベンチに座りながら、ガラスに映る自分をちらりと見る。
(……ちょっと気合い入りすぎじゃない?)
白いブラウスに、落ち着いた色のスカート。
髪も、いつもより丁寧に整えてきてしまった。
(引き受けるんじゃなかったかな……)
そう思いながらも、
ひよりのプレゼントのためだし、もう家を出てきてしまったからと、気持ちを切り替えて待つ。
――10分。
――20分。
スマホを見る。
10時を過ぎても、表示されるのは時間だけ。
電話をかける。
……繋がらない。
(まさか、ね)
自分に言い聞かせながら、もう一度駅前を見渡す。
10時半を少し過ぎたころだった。
駅前から、ようやく見慣れた姿を見つけた。
思わず、ほっとして手を振りかけて――止まる。
……一人じゃない。
悠斗の周りには、サッカー部のものらしい男子が数人。
楽しそうに話しながら歩いてくる。
「……悠斗」
声をかけると、悠斗は私を見て、
一瞬きょとんとしてから――はっとした顔になった。
「あー……え、あぁ……その……」
悠斗の声が、どんどん歯切れ悪くなっていく。
……はい。
嫌な予感しかしない。
「……もしかして、忘れてた?」
私がそう聞くと、悠斗は慌てて手を振った。
「い、いや! 忘れてたっていうか……その……」
一瞬、言葉を探すように視線を泳がせてから、続ける。
「昨日さ、友達に……“今日、昼一緒に遊べる?”って聞かれて……」
「………………は?」
頭の中が、一気に真っ白になった。
駅前の雑踏の音が、急に遠くなる。
さっきまで考えていたことも、ここに来るまでの期待も、全部どうでもよくなった。
「ち、違うんだよ!? 心菜との約束を忘れてたとかじゃなくて!その……流れで断れなくて……」
「“流れで”、ね」
その言葉を繰り返した瞬間、
自分の声がいつもより低くなったのがはっきりわかった。
「別にいいよ」
私は、静かに言う。
「だったら、友達を優先してあげなよ。部活の人なんでしょ?」
「心菜、ほんとごめん――」
「謝らなくていい」
私は首を横に振った。
「私も悪かったんだと思う。きちんと前日に確認しなかったから」
少しだけ笑って、続ける。
「それに、彼女がいる人と二人で出かける方が、変だよね」
「……心菜」
「一応聞くけどさ」
「今日、私と約束した理由、覚えてる?」
「ひよりの……プレゼント、だろ?」
「そう」
「プレゼントは一人で選びなよ」
そう言って、私は踵を返した。
「え、待って! 今からでも――」
「いいから」
振り返らずに言う。
「“流れで”人を待たせるくらいなら、今日はその流れのまま、友達のところ行ってあげて」
駅前の風が、少し冷たく頬を撫でた。
後ろから何か言われた気がしたけど、もう聞く気はなかった。
……“流れで”、か。
どんなに自然な流れでも、人の気持ちを置き去りにする理由にはならない。
(期待した私が、バカだっただけ)
そう思おうとしたのに、胸の奥が、じんわり痛んでどうしようもなかった。
(悠斗の馬鹿……)
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