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 警告音は一度きりでは終わらなかった。


 低く、断続的に鳴り続ける音が、小型艦の艦内に広がる。

 それは訓練でも模擬でもない、実際の異常時にのみ発せられるものだった。


「……来た」


 ひまわりが小さく息を吐く。


 同時に、艦内の照明が警戒色へと切り替わった。


《――防衛ライン各分隊へ通達。外部宙域にてホシクイ反応、多数確認》


「多数?」


 ゴームが眉をひそめる。


「さっき片付けたばっかだろ」


「待って、詳細拾う」


 ひまわりの指が端末上を走る。

 だが、その動きが、すぐに止まった。


「……これ、ちょっと変」


「何がだ」


「反応は確かに出てる。でも――」


 ひまわりは言葉を探す。


「数が、固定されてない」


「どういう意味だ」


 分隊長の声は落ち着いていた。


「増減してる。消えたり、増えたり……定まらない感じ」


「バグじゃねえの?」


 ゴームが即座に言う。


「センサーが過敏になってるとか」


「それはない」


 分隊長は、はっきりと言い切った。


「プラットフォームの観測系は冗長化されている。一系統の異常で、ここまで揃った反応は出ない」


 その言葉に、艦内の空気が変わる。


 ゼロスは、すでにデータを取り込み始めていた。


「……確かに、反応数は一定していません」


「どれくらい?」


「瞬間最大で、中型相当が十以上。最低でも五以上を維持しています」


 ひまわりが息を呑む。


「そんな数、同時に出る?」


「通常はない」


 分隊長が答える。


「防衛ライン全体でも、稀だ」


 沈黙が落ちる。


 ゴームが、腕を組んだ。


「じゃあ、重なって見えてるとか……」


「それも考えた」


 分隊長は否定しない。


「だが、位置情報が噛み合っていない」


「噛み合ってない?」


「同じ座標に複数の反応が出ている。にもかかわらず、衝突判定がない」


「……それ、どういう」


「“同時に存在している”としか言えない」


 言葉にした瞬間、全員が理解する。


 それは、今までの常識では説明できない。


「ゼロス」


「はい」


「君の分析は?」


 ゼロスは一拍置いて答えた。


「観測対象が、単一個体である可能性を否定できません」


「……複数じゃない?」


「はい。反応は分散していますが、連続性があります。分断された一つの存在を、別々に認識している可能性が高いです」


 ひまわりが、思わず呟く。


「それって……」


「分類外だ」


 分隊長が言葉を継ぐ。


「だが、現象としては成立する」


 隊長は、すぐに判断を切り替えた。


「第258分隊、出撃準備」


「え、すぐ?」


「迎撃ではない」


 分隊長ははっきりと言う。


「確認だ。近づき、見て、戻る。深入りはしない」


「了解」


 ゴームが大剣を掴む。


「バグじゃないなら、確かめるしかねえ」


 ひまわりも索敵ユニットを起動する。


「私が前に出る。ズレ、全部拾う」


 ゼロスは静かに武装を整えた。


 内部ログに、新しいフラグが立つ。


 ――報告優先度:高。


 これまで、判断を委ねてきた領域。

 だが今、この状況は、


 「報告すべきだ」と、自分が初めて確信した瞬間だった。


「行くぞ」


 分隊長の号令とともに、ハッチが開く。


 プラットフォームの外。

 静かな宙域に、異常な反応が満ちている。


 第258分隊は、いつも通り、戦場へ向かう。


 だがもう、

 “いつも通り”という言葉は、彼らを守ってはくれない。


 

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