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 帰投後の艦内は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。


 装備の解除。

 機体の簡易チェック。

 戦闘ログの自動集計。


 すべてが、手順通りに進んでいく。


「じゃ、ログ見るよー」


 ひまわりが端末を操作し、分隊用の共有画面を立ち上げた。

 空間に投影されたのは、先ほどの戦闘記録だ。


「撃破順、問題なし。索敵反応の推移も、綺麗に収まってる」


「だろ?」


 ゴームは椅子にもたれ、腕を組む。


「今日は文句なしだ」


 分隊長は無言で画面を追っていた。

 ゼロスもまた、個別の解析ログを確認している。


「……」


 ゼロスの視線が、一点で止まった。


「何かある?」


 ひまわりが気づいて声をかける。


「いえ。全体としては、問題ありません」


「としては?」


「個別データ間に、微小なズレがあります」


 分隊長が視線を上げる。


「どの程度だ?」


「単体では誤差の範囲です。

 反応検知から可視確認までの時間が、平均よりわずかに長い」


「機体側の遅延では?」


「否定できません。ただ――」


 ゼロスは言葉を選ぶように、一拍置いた。


「同様の傾向が、複数の個体で確認されます」


 ひまわりが画面を拡大する。


「ほんとだ。

 でもさ、これって前回も似たようなの出てなかった?」


「出てたな」


 ゴームが頷く。


「でも、その時も結論は“問題なし”だった」


「はい」


 ゼロスも同意する。


「今回も、結論は同じです」


 分隊長は、しばらく黙っていた。

 ログを一つずつ確認し、全体の流れを頭の中で再構築している。


「索敵、迎撃、撃破」


「配置も連携も、想定通りだ」


「敵の動きも、特別なものはない」


「誤差はあるが、影響は出ていない」


 整理された判断だった。


「――問題なし、だな」


 分隊長が結論を下す。


「はい」


 ゼロスは即答した。


「現場判断としても、運用上も、異常とは言えません」


「そっか」


 ひまわりは少しだけ肩の力を抜く。


「じゃあ、気のせいかな」


「何の話だ?」


 ゴームが聞き返す。


「ううん。なんでもない」


 ひまわりは笑ってごまかしたが、その視線はまだログに残っていた。


「たださ」


 ぽつりと、独り言のように続ける。


「全部、ちゃんと合ってるんだよね」


「合ってる」


「数も、位置も、タイミングも」


「そうだ」


 分隊長は断言する。


「ならいいんだけど」


 ひまわりはそれ以上言わなかった。


 ログは、完璧だった。

 報告書に添えるには、何の問題もない。


 ゼロスは、自分の解析結果を保存する。

 補足事項は付けない。


 付ける理由が、ないからだ。


 だが、処理を終えたあとも、ゼロスの思考は止まらなかった。


 ズレは、確かに存在している。


 だがそれは、

 「異常」と呼ぶには小さすぎる。


 分隊長の判断は正しい。

 自分の分析も、間違っていない。


 それでも――


「ゼロス」


「はい」


「次も同じようなログが出たら、まとめて提出しろ」


「了解しました」


 分隊長の声は、いつも通り落ち着いていた。


「今は、様子見だ」


「はい」


 それで、この話は終わった。


 少なくとも、記録の上では。


 艦内の照明が、待機モードに切り替わる。

 第258分隊は、次の任務に備えて休息に入った。


 すべては、いつも通り。


 違和感だけが、記録されないまま残っていた。

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