第●話の斉藤

 昼休み。

 会社の食堂で蕎麦を啜っていると、

「ここ、いいか?」と、向かいの席に齋藤 公堯キミタカが腰を下ろした。


 俺はかけ蕎麦、やつは天ぷら蕎麦だ。


「今日は部長と一緒じゃないのか?」

「勘弁してくれ、毎日毎日あのオッサンのお守りばっかりしてられるかよ。お前ら全員、俺にばっかり押し付けやがって」

「だってお前、あの人のお気に入りだろ」

「マジで迷惑。知ってるだろ?あの人が部長になれたの、我が社の七不思議の一つだって」

「お前の叔父さん、弱みでも握られてんじゃねぇの?」

「ありうる」


 ダラダラと中身のない会話をしながら笑っていると、壁にかけてあるテレビから、アナウンサーの硬い声が聞こえてきた。


『本日午前十時ごろ、◯◯区の路上で、男が通りがかった男性を刃物で切り付け、駆けつけた警察官に逮捕されました。逮捕されたのは、自称無職 サイトウ タツヤ容疑者。取り調べに対し、“俺の名前はサイトウ タツヤ”と繰り返しており、詳しい動機は未だ不明です』


「……サイトウ タツヤだってよ」

 意地の悪い顔で笑う公堯に、俺は苦々しくため息をついた。


 俺の名前は斉藤 達也。

 齋藤でも齊藤でも西東でもない、

 背が高い方でも

 イケメンな方でも

 常務の甥の方でも

 そして通り魔の方でもない、どこにでもいるサラリーマンだ。

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