第7話 橋頭堡 ~深く潜るにはまず足場から~

 休みを目前にした週末だが、俺たちの作業は新しいフェイズに入っていた。次の階層にアタックするためのベースキャンプづくり。今日の行軍はいつものメンバーの他に、山ほど荷物を抱えたポーターと大工職人の一行が加わってのものだった。


 入口から三時間近くかけて辿り着いた第一階層最奥部は小さなドーム広場になっている。広さは児童公園ほどだが、主回廊のほかに二本の側道とつながっていて、隠し部屋のような洞穴もいくつかある。洞窟はどれも漁り尽くされていて、遺されていたお宝や罠などの仕掛けはすでに空になっている。今は探索パーティーの仮宿泊所として利用されているようだ。

 俺たちは、そのうちのひとつをベースキャンプにお色直しする。要するに、備品倉庫と休憩所だ。


「僕が地権者にかけあって専有権を勝ち取りました」


 荏原はスマホ越しに、恩着せがましくそう自慢していた。

 馬鹿か、と。お前みてぇな若造が、ムジナに等しい地権者どもからただでポイントもらえるワケねえだろうが。どう考えたって会社の、ひいては王塚スタア様のご威光のおかげに決まってる。

 まあしかし、だ。理由はどうあれ、今後の拡張を考えれば中継所は絶対必要なので、このタイミングで用意できるのはありがたい。


 というわけで、本日の業務はドア取りつけの立ち会いがメイン。そのほかに、DASを広場に一個、側道との結節点二か所と俺たちの拠点とにそれぞれノードを設置するだけ。まあ、楽勝だ。取り立ててすることのないツルタ氏たちには、警備員を一人だけ残して、ほかのみんなはポーターらとともに次の荷物を取りに地上へ向かってもらった。

 何組かのパーティーが休んだり行き来したりするドーム広場には、大工たちが奏でるグラインダーやドリルの音がこだましている。俺はルータの設定作業で自動機械のように手を動かしながら、数日前のことを思い出していた。


     ⌚


 あの姉妹と出会った翌日、交際費の申請とともに、俺は本社に計画修正の提案書を送った。第一階層のメイン回廊をカバーする分散アンテナシステムDASの設置が終わったあとは、当初予定のメッシュWiFiで側道をつぶしていく品質向上工程をすっ飛ばし、よりアグレッシブな第三フェイズの『第二階層の第一基地局開設』を前倒しにする、というのが主な内容だった。

 彼女たちに言われたからじゃない。俺自身が気になったので、部屋に帰ってから「ダンジョン配信」の動画検索をしたのだ。俺たちのやってることが、あいつらの役に立てているのかいないのか?


 上位表示を占めているのはの動画群。三分から長くて十分程度で、どれも閲覧数は万を超えている。だが、一番見られているのは途絶事故のあった最初の投稿で、唯一の十万超え。それ以降は右肩下がりになっている。

 も見つけた。こちらの閲覧数は最大でも二千ちょい。せっかくなので動画も見てみたが、すぐにわかった。


「これは伸びんわ」


 画面に変化が無いのだ。

 真っ暗な洞窟映像に、テンパって上滑りしてる姉ちゃんの語りだけ。酒場での喋りとの落差がでかすぎる。容姿も含め、彼女の魅力をすべて禁じ手にするのがルールなのかって感じだった。も話もなんも面白くない。


「姉ちゃんが顔出しでもすりゃあ簡単に万超えするだろうに」


 彼女たちやまちゅぴちゅだけでなく、すべてのダンジョン配信に言えるのは、とにかく画面が地味、ということ。

 一般入場を解禁して三か月あまり経ち、第一階層のモンスターの大方はその姿を消している。粘菌系や移動苔などは相変わらず繁殖しているし、ゴブリンの罠なんかもたまに新しいのを見かけたりするから、探索者たちの手で完全駆逐されたというのではない。おそらくだが、人間という闖入者に恐れをなして隠れてしまったのだ。もしくは遠巻きにして反撃のチャンスを狙っているのか。

 いずれにしろ、モンスターが出てこないんだから、エキサイティングな場面に遭遇できる可能性などない。むしろ、俺たちを襲った初日の襲撃はなんだったのって感じだ。

 それだけじゃない。撮影環境自体にも大きな問題がある。

 まあ、考えてみれば当たり前だ。最初の階層とはいえ、入り口から第二階層のとば口まで真っ直ぐ行っても二時間前後。側道なんかに寄り道してたら簡単に半日つぶれちまう。しかも明かりは基本なしだから、光源は自前が必須。モンスターを撃退するための武具も要るし、携帯食や水、シートやロープなどの小道具を加えると手荷物が一杯になって、大口径カメラや大型バッテリーまでは手が回らないのが実情だ。結果、不十分な照明に照らされた無機質な穴倉をスマホかアクションカメラで撮った貧弱な動画のできあがりというワケだ。

 これじゃ、あの姉妹が一発逆転をかけたダンジョン配信っつー動画ジャンルも未来は厳しい。


 ちなみにダンジョン内は換気が困難なため、内燃型の機器は持ち込み自体が禁止されている。だから電気発動機ジェネレータも使えない。職人たちが使ってる大工道具にしても電化されたものか、さもなければ人力で動くものでないといけない。


 だから俺は、ふたつのアイディアを送ったのだ。

 ひとつめは第二階層の早期通信エリア化。

 もうひとつは、スマホやライト、携帯バッテリーの充電に使える簡易充電機の複数設置だ。

 提案書の宛て先は担当の荏原だが、CCカーボンコピーにチームグループを入れている。その先には王塚社長がいるはず。


     ⌚


 側道口のWiFi設置作業から戻ると、ベースキャンプはできあがっていた。ちょうど二回目の荷物運びが到着したところで、警備員やポーターがコンテナボックスを運び入れている。俺も手伝いに駆け寄った。

 天井に照明を付けたベースキャンプで備品を整理。ツルタ氏らに手伝ってもらって、ルーターやインバータ、フレームラック、各種ケーブル、工具箱、水、携行食などを項目ごとに、プラスチック棚に積み上げていく。


「あっかるーい!」


 思わず歓喜しちまったが、あまねく照らす光はやっぱ重要だ。向けた先しか明るくならない携行ライトとはわけが違う。

 アルミフレームを壁に打ち込み、ポリカーボネートを寄木のように組み上げてドア板にした入口扉は、シリンダー鍵とナンバー錠の二重施錠。堅牢無比とまではいかないが、斧でぶっ叩かれるくらいで簡単に壊れたりはしないらしい。


「備品の盗難対策、ですか。やけに厳重な気がしますが」


 腰に手を当てて扉を見上げるツルタ氏が、ぼそりとつぶやいた。


「俺たちが休みの週末には、さらに金庫みたいのも入れるらしいですよ」


 小声で返した俺の台詞にツルタ氏は「なるほど」とうなずいた。アレもここに仕舞うってことですね、と顔で言ってる。


 部屋の仕上がり状況を何枚か写真に撮って本社に送信。と、すぐにリングトーンが鳴り出した。


「おつかれさまっス尾仁川さん、荏原ッス。倉庫、できあがりましたね。明日からの入山が楽になるっスね」


 山小屋じゃねぇよバーカ。

 快適なオフィスで涼しい顔してふんぞりかえる荏原は、見るたびにいらいらが募ってくる。憤慨した俺は、動画通話の画面に向かって悪態をついた。


「空調の効いてる天国でエラそうなこと言ってんじゃねえよ。こちとら空気が動かんから、溶接アークの熱が部屋中に籠って汗が止まんねえんだ。それに機材もまだまだ足んないね。ここにある分だけじゃ最初の百メートルだって怪しい。聞いた話によると第二階層はのっけからぐねぐねしてるらしいからな」

「了解っス。地上倉庫0号倉庫の機器類は休みの間に補充しとくっス」

「頼むよマジで、機材がないから作業できないなんてのは勘弁だぜ。あと、例の保管庫の搬入はお前さんが立ち会うの?」

「いや、僕はその、暗い夜道が苦手なので。今日そっちに行ってる施工スタッフにやってもらう予定ッス」


 ダセえ野郎だ。責任感の欠片もない。


「業者に貸す鍵を回収すんの忘れんなよ。そいつはあとでツルタさんに渡すんだから」

「おけまるッス」


 軽い。軽すぎるよ荏原。お前さん、よくそれで就職面接通ったな。


「そうだ。このまえ尾仁川さんが送ってた提案書っスけど、進行の方は承認されました。充電器も開発に回るって話っスから、じきできるんじゃないスかね。感謝してくださいよ。僕、大プッシュしましたから。ってことで、来週からの第二階層アタックはゴーサインっス」


 死んでも荏原なんかに感謝はしないが、これであの姉妹や配信者どもに見直してもらえるかもしれない。

『クソネットでもやるときゃやる』って。

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