第2話 配信者 ~そんなもんに需要があるってのか~

 手探りでスイッチを入れると真っ暗だった部屋が白い光で満たされた。玄関からいきなり板の間の台所。昭和に建てられた安アパートの間取りだ。むぅっとよどんだ空気を掻き分けて部屋にあがった俺は、真っ先にエアコンの電源を入れる。奥の六畳からぶおぉ、と無粋な音が響きだした。

 今日の仕事はマジでヘビーだった。これまでのキャリアからすれば、作業自体はむしろ単純な部類。でも状況が異常すぎる。周りであんなにがちゃがちゃ肉弾戦やってるとこで設置するのなんて、さすがに俺でも初めてだ。身の危険で言えば、嵐の中で地上四十メートルの梯子に命綱掛けてなんてのもあったから、未体験ゾーンというわけでもないが、作業中の自分ではどうしようもない不確定要素が多すぎるのは困る。


「なんにせよ、ツルタ氏が頼りになる人みたいなんで助かったわ」


 とはいえ、明後日からの現場で怪我人の補充は大丈夫なんだろうか。ツルタ氏にその辺の調整力があるかどうかは未知数だ。が、まあ、任せるしかない。所詮、会社がやってる仕事。個人の力量がどうとかいう話でもないか。

 帰りに買ってきたコンビニ弁当と尻ポケットのスマホやパスケースをテーブルにばら撒いていたらリュックの中から間抜けなリングトーンが鳴り出した。社用スマホに着信らしい。腕時計を見ると十時を回ってる。どっかの回線が落ちたか?

 舌打ちしながらスマホを取り出し画面を見る。


荏原えばら


 はて? 誰だっけ?

 思い出せないまま通話ボタンを押して、スピーカーモードに替えたスマホをテーブルに置く。元気のいい声が鳴り響いた。


「お疲れさまです、尾仁川おにかわサンっ! 荏原っス。クラスタソリッドネットワーク、エリア戦略部、特定区域拡大推進課の新宿地下専任チームで尾仁川サンの担当の!」


 ああ、あの若造か。本社で業務の説明受けたとき、話してた課長さんおっさんの横に突っ立ってた……。


「おつかれさん。こんな時間も会社にいんの? デスクワークもたいへんだね。で、新宿現場でなんかトラブルでもあった?」

「あ、いや、トラブルはないっス。SJDG0001、新宿ダンジョン基地局一号機はまったくもって快調です」


 今からの出動でないのに安心した俺は、ビールの缶を開けながら「それはなにより」と応じる。が、その返事にかぶせるように、荏原がのめりこむような勢いで言葉を続けてきた。


「その新宿ダンジョンで、出たんスよ、第一号が!」


 要領を得ないやつだな。

 最初のひと口を飲み下してから、おもむろに尋ね返す。


「なんの?」

「配信っスよ、配信。本邦初のダンジョン配信!」

「だんじょんはいしん?」


 なんだ、その怪しい呪文のみたいな単語は?

 耳慣れない言葉の意味を測りかねた俺は、オウム返ししかできない。


「知らないんスか? よくあるじゃないスか。ダンジョンに潜ってモンスターと戦ったり伝説の剣を手に入れたりするとこをリアルタイムで動画配信しちゃうやつ」

「いや、知らんけど。ていうか、いまお前、本邦初って言ってなかったか?」

「いやだなあ。ラノベっスよ、ラノベ。そっかあ、尾仁川サンくらいの歳の人だとライトノベルから説明しなきゃいけないのか」


 とくに悪びれる様子もなく、荏原は失礼なことを口にする。

 俺だってライトノベルって言葉くらいは知っている。なんとかハルヒとかいう変な名前の女主人公の本だって、同期入社のオタクから押しつけられるように借りたことはある。結局そいつは早々に辞めたから、読まないまま返せもせずにどっかいったけど。


「その感じだと尾仁川サン、ユーチューブとかも見てないでしょ。通信業で食ってんだから、イマドキのインターネットくらいちゃんと使いこなしてくださいよ」


 うるせえ。

 ユーチューブくらい見とるわ。ちゃんとビースティ推しバンドのチャンネル登録だってしてるし。てか、新曲リリース時なんか穴が開くほど観てるっつーの。


「とにかくっスね、これまでフィクションでしかなかったそのダンジョン配信が、まさに今、リアタイで動画配信されてるんスよ、うちの回線を使って! SMSでリンク送ります。論より証拠なんで、尾仁川さんもいますぐ観ちゃってください」


 一方的な通話が終わったスマホの画面にショートメッセージが届いた。言われるままってのも癪だけど、自分の成果が形になってるのを見たい気持ちも確かにある。缶ビールを横に置くと、俺は送られてきたリンクをタップした。ひと呼吸も待たせずに動画サイトが開き、独り語りの騒々しい声が聞こえてきた。


「……に潜ってる探索者はリピーターも含めのべ五千人上回るって発表があったけど、ここでの配信はが第一号! なにしろ開通したのは三時間前だそうだし、なんといってもこの回線は利用者が少ないから。いやホント、世間ではクソだなんだって言われたりしてまちゅが、めげずに着いてきてよかったまちゅ、クラスタソリッド。ありがとう、クラスタソリッドネットワーク!」


 見様みようによってはイケメンと言えなくもない若者が、ころころと表情を変えながら狂喜している画面。真っ暗なその背景には、ついさっき俺が貼りつけたステッカーの文字が黄緑色に浮かび上がっていた。


┌────

 ここなら繋がる!

 クラスタソリッドの5G

       ────┘


「なんだぁ、こいつ。本社の回しもんか?」


 画面をスクロールしてプロフィールを見てみた。


=====

まちゅぴちゅーんず


国内の秘境を実況してまちゅ。いつか本家マチュピチュでライブ配信するのが夢。

とりあえずの今の狙いは『新宿ダンジョン』。

もう三回ほど潜ってるんだけど、まだ電波が届いてないんだよね。

お願い、通信会社さん。はやくエリアを拡大して!

まちゅまちゅ❤

=====


 滑らかに照り返す岩壁を映す画面が緩く動きながら進んでいる。

 こいつ、バランサー付きの機材を使ってるな。でもあの先はS字じゃ回折かいせつはしねえぞ。5Gのミリ波はまっすぐ進むしか能がねえんだから。


「あ。アンテナが一本に……。……しんしょーがいです。……から先は……だ設備……てない……」


 案の定、デジタライズをはじめた映像がブロックノイズ交じりに変調した画像で止まった。


「そりゃ無理だよ。まだ中継器つけてねえもん」


 ビールを飲みながらつぶやいてみる。ついでと思い視聴数を覗いてみると、なんと千人を超えていた。

 こんなしょーもない動画をリアルタイムで観てる連中が、世界中で千人以上いるってのか。

 正直なところ驚いていた。世の中にこんなニーズがあるなんて。しかも開設して三時間ちょいというスピードで、それが証明されるとは。

 画面下には次々とコメントが上がっていた。


―― 通信途絶キタ!

―― まちゅぴちゅ生きてる?

―― 魔物に襲われてなけりゃいいんだけど

―― はい、終了

―― やっぱクソネットwww

―― ぱんつ脱いで待ってたのにw

―― クソネットに期待したワイらが馬鹿やった


 コメントが「クソネット」で埋まりそうになってきたので、俺は画面を閉じた。

 気に入らねえ。

 と、左手に冷たい感触。手元を見ると、半分がた残っているビールの缶が手型にへこみ、飲み口から泡を垂らしていた。

 急いで口元に移し、残りを飲み干す。喉を滑り落ちる冷たさとは別の、なにか熱い塊が胸の裡におこっていた。


「クソネット上等。目にもの見せてやろうじゃねえか」


 開きっぱなしのふすまの向こう、カーテンを閉じていないガラス窓に、不敵な笑顔を浮かべる俺が映っていた。

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