敗剣の誓い ~太陽になれなかった俺が、影の中で見つけた生きる意味~

凛冬の夜警

第1話 届かない太陽

 十七歳のアレン・ヴィクターは敗北した。


 今回、彼は泣かなかった。十三歳の時に初めてリオンに負けた時のように、怒りに任せて剣をへし折ることもなかった。ただ泥濘ぬかるみの中に跪き、雨水と汗が入り混じった雫が乱れた前髪から滴るのをそのままに、前方で光を浴びるその姿を呆然と見つめていた。


 彼の前には、リオン・ストラトスが立っていた。決闘場で唯一、乾いているその場所に。


 まるで舞台の照明のように、午後の日差しが雲間から差し込み、公爵家の長男を正確に照らし出していた。彼の全身は金色の輪郭で縁取られ、白銀の軽騎士甲冑は一点の曇りもなく、マントの裾にさえ泥の跳ね返り一つない。  対して、アレンが跪いているのは、影と汚水が混じり合う場所だった。


 三分前、アレンは三年かけて磨き上げた秘技――『逆流の刺突バックフロー・スラスト』を繰り出した。  古文書を漁り、数えきれないほどの夜を木人相手に費やして完成させた剣技だ。常理に反する角度で体を捻り、毒蛇が鎌首をもたげるように下から上へと刃を跳ね上げるその軌道を、師匠は「至妙の域に達した」と評してくれたはずだった。


 だが、リオンの対応は絶望的なほどシンプルだった。


 彼は半歩だけ身を引き、手首を返して、教科書通りの正確な角度で剣の背をアレンの刃に合わせたのだ。学院の一年生が反復練習する基礎中の基礎、標準的な防御姿勢パリング。  そして、手首を軽く震わせただけ。


「キンッ――」


 アレンは親指の付け根に裂けるような痛みを感じ、次の瞬間、掌の感覚が消えた。剣は回転しながら空を舞い、無様な放物線を描いて三メートル先の泥水の中に「ガシャン」と落ちた。


 一連の動作は詩のように流麗で、リオンは余計な力など一分いちぶも使っていなかった。


 今、リオンは剣を鞘に納めた。宮廷舞踏会の終わりを告げるかのような優雅な仕草で。そして二歩進み、地に伏すアレンへと手を差し伸べた。


 清潔で、すらりと伸びた指。爪は端正に切り揃えられ、剣ダコはあるものの決して粗野ではない。それは、英雄の手だった。


「強くなったな、アレン」


 リオンの声は穏やかで誠実だった。早春の雪解け水のように、一点の不純物もない清らかさ。 「さっきのあの一撃、僕の判断が四分の一拍遅れていたら、今頃血を流していたのは僕の方だったよ」


 観客席から感嘆の溜息が漏れる。見ろ、あれがリオン・ストラトスだ。勝負に勝ち、敗者の自尊心まで守ってみせる。


 アレンはその手を見つめ、頭の中が真っ白になった。  これこそが、最も絶望的な事実だった。


 もしリオンが傲慢で嫌味な奴なら、勝った後に嘲笑の一つでも投げてくれれば、アレンは少なくとも怒りで心の空洞を埋めることができただろう。もしリオンが卑怯な手を使ったなら、「俺は実力で負けたんじゃない、陰謀に負けたんだ」と自分に言い訳ができただろう。


 だが、リオンは完璧だった。  謙虚で、正しく、寛容で、英雄譚の主人公が持つべき資質のすべてを備えていた。高貴な生まれでありながら気さくで、誰よりも才能がありながら誰よりも努力し、常に適切なタイミングで適切な言葉を口にする。決闘の前夜には、日差しが強いから水分補給を忘れないようにと、わざわざアレンに忠告しに来るほどだ。


 このような人間と同じ時代に生まれたことは、すべての剣士にとって幸運だ。伝説を目の当たりにできるのだから。  そして同時に、最大の不幸でもある。永遠に伝説の「引き立て役」で終わるのだから。


「……ありがとう」


 自分の声が、紙やすりを擦り合わせたように乾いているのがわかった。


 アレンはその手を取らなかった。左手で膝を支え、右手を泥につけ、少しずつ、ふらつきながら立ち上がった。最後の一撃を放った際に右膝を捻ったのか、動くたびに鋭い痛みが走る。


 観客席から拍手が沸き起こった。  最初はまばらだったが、すぐに熱烈な波となって広がった。それは勝者リオンへの称賛であり、同時に「健闘した敗者」アレンへの労いでもあった。「見ろ、彼は負けたが最後まであきらめなかった、なんて立派なんだ」と。


 アレンにとって、その拍手はブーイングよりも耳障りだった。  ブーイングは少なくとも本物の感情だ。だが、拍手に含まれる憐れみは、糖衣に包まれた毒薬のように優しく囁きかけてくる。「凡人にしてはよくやった。だが、お前の限界はここまでだ」と。


 アレンは足を引きずりながら、自分の剣を拾い上げた。泥にまみれた剣身を手で拭うと、刃にまた一つ、小さな刃こぼれができていた。先ほどリオンの剣と触れ合った瞬間の痕跡だ。


 顔を上げ、人々に囲まれるリオンを見た。金髪の少年は微笑んで祝福に応えている。陽光が彼の肩に降り注ぎ、まるで世界そのものが彼に王冠を授けているようだった。


 アレンはふと、四年前、十三歳で初めてこの決闘場に立った日のことを思い出した。  あの頃、彼はまだ「北の神童アレン」だった。七歳で剣を握り、十歳で父の護衛隊長を打ち負かし、十三歳で王都少年剣術大会の出場権を得た。誰もが言った。「この子は将来、大物になる」と。


 そして準決勝で、十一歳のリオン・ストラトスと出会った。  試合は二十秒で終わった。アレンは今でも詳細を覚えている。彼が猛攻を仕掛け、リオンは三歩下がり、四歩目で突然懐に飛び込み、喉元に剣先を突きつけた。正確、冷静、完璧。


 試合後、リオンは同じように手を差し伸べた。「君は強いね。危うく負けるところだった」  十一歳の子供が言えば嫌味に聞こえる台詞も、リオンが言うと誰もが本心だと信じた。


 それ以来、アレンの人生は変わった。「神童」ではなく、「リオンに負けた神童」になった。一度ついたその肩書きは、二度と剥がれなかった。


「アレン!」


 聞き慣れた声が現実に引き戻した。  師である老騎士ガレスだった。老人は近づき、彼の肩を叩いた。その手は重く、無言の慰めを含んでいた。


「良い試合だった」ガレスは言った。一呼吸置いて、付け加えた。「本当にな」


 アレンには師が何を言いたいのかわかっていた。さっきの『逆流の刺突』は、確かに彼が練り上げてきた中で最高の出来だった。速度、角度、タイミング、すべてが完璧だった。  それでも、負けたのだ。


「俺は三年かけてあの技を完成させました」  アレンは遠くのリオンを見つめたまま、小声で言った。 「あいつは、三秒でそれを破った」


 ガレスは沈黙した。 「……息子よ」老騎士の声が不意に優しくなった。「生まれながらにして頂に立つ人間というのは、いるものだ。我々にできるのは、無理に彼と同じ高さまで登ることではない。彼が頂上にいるからといって、自分自身の山を登るのを諦めないことだ」


 アレンは振り返り、初めて師の目を真っ直ぐに見た。ガレスの左眼の下には深い傷跡がある。三十年前の獣人戦争で負ったものだ。老人は一度も伝説になったことはないが、その名は王都英霊殿の別館に刻まれている。そこは、戦死した「普通の騎士たち」を祀る場所だ。


「俺の山は、どこにあるんでしょうか?」


 ガレスは答えなかった。ただもう一度アレンの肩を叩き、背を向けて去っていった。


 その夜、アレンは祝賀会を欠席した。準優勝者は出席するのが慣例だったが、病気だと偽り、宿舎の屋根に一人座って、王都の灯りが一つまた一つと灯るのを眺めていた。  遠くの宮殿から音楽が、笑い声が、乾杯の音が聞こえてくる。王都の半分を隔てても感じるその歓喜。それは勝者のための夜だった。


 アレンは自分の剣を掲げ、月明かりの下で仔細に見つめた。  冷たい光を反射する刃には、無数の小さな刃こぼれが星のように散らばっている。その一つ一つが敗北であり、教訓であり、「まだ足りない」という証明だった。


 彼はふと、幼い頃に読んだ英雄叙事詩を思い出した。物語の中で、主人公は常に苦難を乗り越え、強敵を倒し、栄光を手にする。だが本には、主人公に倒された者たちがその後どうなったかは書かれていない。彼らは舞台の書き割りのように、用が済めば片付けられ、折れた剣がその後溶かされるかどうかなんて誰も気にしない。


「もし俺が、主役になれない運命だとしたら」  アレンは月に向かって独りごちた。 「俺は、何になればいい?」


 誰も答えてはくれない。夜風が屋根を通り抜け、遠くの宴の歓声を運んでくるだけだった。


 その瞬間、十七歳のアレン・ヴィクターは一つの決断を下した。


 剣は握り続ける。だが、リオンに勝つためではない――それは梯子をかけて月に登ろうとするほど遥かな目標だ。彼が剣を握るのは、ただ一つのことを証明するため。


 たとえ永遠に太陽へ追いつけなくとも、影には存在する価値があるのだと。

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